“銭湯女子”増加の背景~20代の番台兼銭湯イラストレーターも誕生

 「銭湯は裏切らない」-。まもなく7回忌を迎える落語家の立川談志師匠が遺(のこ)した名言は今も生きている。その談志師匠が生まれ育った東京では、銭湯の総数が1968年の2687軒(東京都生活安全課公衆浴場担当調べ)をピークに、今年10月末時点で565軒(東京都浴場組合)と、家風呂の普及などによって半世紀でかなり減ったが、環境がどんなに変わろうとも、日本の文化として残り、新世代の経営者による新たな試みも目を引く。秋の夜長、若い女性客の多さを目撃したことを機に、“銭湯女子”が増えている理由を探った。

 訪れた銭湯は、創業1933(昭和8)年の高円寺「小杉湯」。日本たばこ産業とのコラボで「銭湯(1010)の日」となる10月10日に1日限りの無料入浴イベントを行ったのだが、夜10時頃、足を運ぶと、屋外に並べられた椅子に座って待機する10人ほどの若い女性に遭遇した。男性は並んでいない。なぜ、女性は銭湯に並ぶのか。「1年前から現場に立ち、2~3年後には事業を継ぐ」という、戦後の経営者三代目・平松佑介さん(37)に話をうかがった。

 「滞在時間が女性の方が長いことによる回転率だと思います。この日の来場数は男性642人、女性406人。400人以上の女性客が来られたことは銭湯としては異例なので、銭湯女子が増えているのは間違いないと思います」と平松さん。平日の女性客は概算で約120人となり、火曜だった「銭湯の日」は3倍以上の盛況だった。なるほど場外で待つ人がいたわけだ。

 銭湯女子の特徴は「美容と健康につながる滞在時間の長さ」にある。小杉湯では「ミルク湯」が名物だが、ジェットバスや薬湯、果実湯、炭酸泉、露天風呂など、スパ顔負けのサービスを備えた銭湯も増えてきている。

 小杉湯スタッフの塩谷歩波(えんや・ほなみ)さんは「自宅ではできない広い場所でスキンケアにじっくり時間をかけられるのが魅力だと思いますね。水風呂と交互に入ることで体の中からポカポカし、女性にとって足の冷えが解消される効果もある。足のマッサージ、まゆの手入れなどにも時間をかける。値段も(スパなどより安価な)460円(東京都の大人入浴料金)。若い女性にとってはコスパがいいんですよね」と、女性の立場からその理由を指摘した。

 塩谷さんは90年生まれの27歳。早大建築学科を卒業して設計事務所に勤務していたが、過労で休職中、医師の勧めで通った銭湯で心身ともに回復した体験から人生が変わった。「銭湯に恩返ししたい」。その思いで、昨年11月から銭湯の内観やひと模様を描いた「銭湯図解シリーズ」をSNSに投稿したことが縁で、今年から小杉湯に転職した。番台に座って接客し、店内のデザインも担当。WEBメディア「ねとらぼ」でのコラムに加え、10月からはエンヤホナミの筆名で月刊誌「旅の手帖」(交通新聞社、毎月10日発売)で約100年続く全国の老舗銭湯を詳細なイラストと文章で紹介する見開き2ページの連載「百年銭湯」を開始した。

 銭湯業界で“新風”を起こし始めた塩谷さん。「たぶん、日本人の9割は『銭湯って家庭風呂の延長でしょ』と思われているかもしれませんが、実は違っていて、レジャーであり、健康を守るものでもあるので、ただのお風呂ではないんですね。私も体を壊して銭湯に通って治した経験があるので人一倍分かります。『銭湯って体にいいんだよ』ということを発信したい」と“銭湯のあるライフスタイル”を提唱する。平松さんは「こういう女性が現れたことも、銭湯業界の大きな変化。女性スタッフの声を反映させ、女性客を増やす取り組みを行っています」と意欲的だ。

 ひと風呂浴びて待合室へ行くと、“お約束”の牛乳類はすべてビンで並んでいた。「パックもあるんですけど、若い人は圧倒的にビンを好む。『銭湯の飲み物はビンで飲む』という文化、ブランドなんですよ」と平松さん。そこは今も昔も変わらない。腰に手を当て、冷えたコーヒー牛乳を一気に飲みほした。(デイリースポーツ・北村泰介)

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