「北中米W杯・1次リーグF組、日本代表2-2オランダ代表」(14日、ダラス)
ダラスの地で価値ある勝ち点1をつかみ取った。1次リーグF組初戦で、日本は準優勝3度の強豪オランダと2-2で引き分けた。1点を追いかける後半44分、小川航基(28)=NECナイメヘン=のヘディングシュートが鎌田大地(29)=クリスタルパレス=に当たって得点となる起死回生のゴール。2度追い付く驚異の粘りを発揮し、3大会連続の決勝トーナメント進出へ前進した。日本は次戦、20日午後10時(日本時間21日午後1時)にメキシコのモンテレイ競技場でチュニジアと顔を合わせる。
同点のゴールがネットに吸い込まれると、小川が全身でほえた。真っ先にベンチに向かった“ヒーロー”のもとに祝福の輪が広がる。ネットを揺らす直前、鎌田の頭に当たっていたことに約7万人の観客のほとんどは気づいていなかったが、誰が決めたかはどうでもいい。日本が執念の粘りを見せ、強豪オランダ相手に貴重な勝ち点1を手にした。
1-2で迎えた後半44分だ。伊東が右CKからゴール前中央へクロス。世界最高峰のファンダイクとの競り合いに勝った小川が高い打点から頭で合わせると、シュートの軌道上にいた鎌田の頭にわずかに当たってコースが変わり、ネットを揺らした。得点者は鎌田と発表されたが、実質“同点弾”の小川は「純也くんと意思疎通があったすばらしいゴール」と自画自賛した。
喜びを爆発させた訳があった。2023年7月、オランダへの移籍が決まった当時横浜FCの小川は退団スピーチでこう宣言した。「次のW杯で点を取るのは僕です」。まさに夢をかなえた、そう誇れるような一撃だが「まだです。僕のゴールとはなっていないので」と苦笑い。「ここから長い、しっかりと正真正銘のゴールを決めたい」と決して満足はしない。
正式な得点者となった鎌田は「すごいラッキー。まさかこういう形でゴールするとは思っていなかった」と2大会目での初ゴールに喜び。得点の感触はしっかりとあったが、小川のあまりの喜びように空気を読んで駆け寄った。「俺のゴールじゃない雰囲気になった」と突っ込んだといい、小川は「何か逆ギレされましたね」とニヤリ。「ユーモアもあっていい雰囲気」と胸を張った。
試合前には、初戦の3日前に無念の離脱となった遠藤航(リバプール)からビデオメッセージが届いた。「顔を見るだけで、そばにいる気がしてくるし、みんなを見守ってくれているような、そんな時間になった」と小川。新主将の板倉も「チームの士気が1個上がった」と結束が強まった。
遠藤がつけていた背番号「6」のユニホームをベンチに飾り、ワンチームとして挑んだ。試合後には遠藤も自身のSNSで「よく追いついた(拍手)次勝とう(炎の絵文字)」と投稿。全員の心は一つ。団結力で、強烈な個をそろえるオレンジ軍団と渡り合った。
◇小川航基(おがわ・こうき)1997年8月8日、横浜市出身。桐光学園から2016年に磐田入り。水戸への期限付き移籍を経て、22年に横浜FCへ完全移籍。26ゴールでMVPと得点王とベストイレブンの3冠に輝き、J1昇格に貢献。23年7月にオランダ1部リーグのNECナイメヘンに期限付き移籍。11得点し、シーズン終了後に完全移籍した。日本代表デビュー戦となった19年12月の東アジアE-1選手権の香港戦でハットトリックを達成した。186センチ、78キロ。
◇鎌田大地(かまだ・だいち)1996年8月5日、愛媛県伊予市出身。中学では祖父母の住む大阪府に拠点を移してG大阪ジュニアユースに進んだ。京都・東山高から鳥栖に入団。17年にアイントラハト・フランクフルト(ドイツ)に移籍し、2018年にシントトロイデン(ベルギー)に期限付き移籍し、19年に復帰。23年にラツィオ(イタリア)入りし、24年からクリスタルパレス(イングランド)でプレー。A代表には19年に初招集された。180センチ、72キロ。