サッカーのW杯北中米3カ国大会が6月11日に開幕する。優勝を目標に掲げる日本代表には、4月から強力な援軍が加わっている。元日本代表MFの中村俊輔コーチ(47)がこのほど、就任後初めて合同取材に応じ、森保ジャパンに入閣した経緯や自身の役割について語った。
-コーチ就任の経緯。
「代表に力を貸してほしいという話は、正式な形だと(3月の)イングランド戦後のタイミング。森保監督と食事をする時間もあったので、その時に雑談じゃないですけど、話がありました」
-承諾までの過程は。
「最初は自分が何を還元できるか(考えた)。森保監督とコミュニケーションを取るうちに、微々たる力ですけども、何か代表のためにできないかという心境に変わっていった」
-3月の英国遠征では解説として代表を見た。
「解説の仕事がなかったとしても自分で行こうとしていた。トップレベルのインプットの時間だった」
-自身の役割は。
「全体のカバーやサポートをしながら、意見を求められる。おそらく攻撃の方が多いですね」
-(攻撃担当)名波浩コーチをサポートする形か。
「そうですね。前(線)の方は名波さんが前田遼一コーチと意見交換したり。後ろやゲームメークは自分が。練習メニューのミーティングでは、長谷部誠コーチもまざっている」
-森保監督はPK担当を託すと公言している。
「『PK担当になって』とは言われてないんですよね(笑)。ただ、分析の方と準備はしている。森保監督には15日のメンバー発表後に自分からアプローチした。あまり選手にPKのことで頭いっぱいにさせたくない。何がベストな形か、ミーティングを進めている」
-長友が5大会連続選出。すごさは。
「単純にメンタルが強いと思うが、それを現実にしてしまう力は素晴らしいよりも恐ろしい。3~4年前、代表に呼ばれていなかった時に『でも協会からパスポート用意してくれって言われて。てことは、俺ありますよね?このまま僕、5大会行きますよ』って言っていたんですよ。そうしたらこうなるじゃないですか。怖いなって。尊敬に値しますし、チームにとって大きな存在」
-将来的な代表監督への思いは。
「W杯が終わった後に何を感じるかだと思う。今はもう、これに集中して…そんな感じですね」
◆中村俊輔(なかむら・しゅんすけ)1978年6月24日、横浜市出身。桐光学園高から97年にJ1横浜Mに入団。2000年に日本人最年少でJリーグMVPを獲得し、A代表に初招集。02年イタリア1部レッジーナに移籍。05年スコットランド1部セルティックへ移籍。スペインリーグを経て、10年にJリーグに復帰し、横浜M、磐田、横浜FCでプレー。22年に引退後は横浜FCのコーチに就任。25年12月に退団した。日本代表として06年ドイツ、10年南アフリカW杯に出場。国際Aマッチ98試合24得点。利き足は左。FKの名手として知られる。