サッカー日本代表の森保一監督(57)が2026年のスタートにあたり、報道陣の合同インタビューに応じた。優勝を目標に掲げるW杯北中米大会イヤーを「勝」の1年にしたいと決意した指揮官。言葉の節々から、16強に終わった4年前のカタール大会を超える自信をにじませた。2期目の集大成として迎える夢の舞台へ-。最高の景色は自分たち次第で自然と近づいてくると力説。“ダークホース”が、世界一のトロフィーを掲げる青写真を描いた。
◇ ◇
-「進」の一文字を掲げた昨年を振り返って。
「全て進化したと思う。選手の経験値が上がってレベルアップし、チームの戦術面も進歩した」
-アジア以外の国とも対戦を重ね、ブラジルに歴史的初勝利も挙げた。
「アジアから世界への戦いで、変えていかなければいけないことをアジャストしてくれた。ただ、アジアとの戦いの時も変わらずに最善を尽くしてくれていた。1期目は何となく“勝てるんじゃないか”という雰囲気があったが、2期目に関してはそういう隙は全く感じなかった。相手に合わせ過ぎず、自分たちが主体的にやることを見失わない落ち着きがある」
-今年はどんな一文字の年にしたいか。
「W杯の年なので『勝』。やっぱり結果にこだわっていきたい。日本サッカー界の過去からの歴史を受け継いできている中で、未来へつないでいく信念をもとに、今年もやっていきたい」
-コーチ時代も含め、自身3度目のW杯。
「より国を背負って、誇りをかけて戦う場所。本当に夢の大会。国歌を歌う時に“この舞台でやれて幸せだな”っていう気持ちが湧き出てくる」
-過去2大会の悔しさが原動力か。
「負けた思いは大きい。前回大会では選手を見ていても、もっと先にいける、と感じ取れた」
(続けて)
「それとは別に、自分たちの力をつけられれば、という気持ちがより大きい。日本サッカー界は2050年までに本命優勝が目標。今はダークホースを狙いに行く形だと思っている。その時間軸の中で、とにかく今よりも力をつけて未来につなげていきたい」
-カタール大会も優勝を目指していたのか。
「優勝を考えていたから2戦目もターンオーバーした。自信がないにしろ、目指すべきだと思っている。負けるつもりで戦っていることは一度もない」
-この4年間でW杯優勝までの道のりの解像度は上がったか。
「今回の方がより力をつけていると間違いなく思う。2期目になって、こちらから攻守で仕掛けていけるようになった」
(続けて)
「日本って目標にすごい縛られませんか?(笑)実は僕、目標はどうでもいいなと思ってるタイプ。勝って力をつければ、目標・夢が自然と近づいて来てくれる。その中で、なんで優勝と言っているのかというと、チームの目標だけじゃなくて“(国民)皆さんもですよ”という共闘のメッセージを含めて、あえて言った方がいいかなと」
-W杯初戦の相手は強豪・オランダになった。
「楽しみ。世界的にトップクラスの選手がいる。そこで日本代表の選手たちはどれぐらいやれるのか。対等に戦っているイメージはできる」
-W杯は初戦が大事。
「大事だが全てではない。前回大会で優勝したアルゼンチンも初戦で敗れた。もちろんいい流れを作ることが大事だが、まず(1次リーグ)3試合+その先(決勝トーナメント)5試合を考えて、目の前の一戦に向けてできることを続けたい」
-前回のカタールW杯と考え方は変わらない?
「全然変わらない。広島(監督)時代から、与えられた状況で最善を尽くすことの毎回だった。勢いや波長というか、上がったり下がったりするのは好きではない。例えばW杯決勝戦でもやることは同じ。自分たちが強かったら自然と結果はついてくる」
-昨年12月には米ニューヨークにあるW杯決勝の試合会場・ニュージャージー・スタジアムを視察した。
「見たいなと思って。(決勝を)イメージですね。まだ(スタジアム内が)アメフト仕様でしたけど(笑)」
-優勝した瞬間を思い浮かべるか。
「いや、あまり思い描いていない。でもトロフィーはずっと(頭に)出てくる。“そこにあるものだ”と。“そこをつかみ取る”みたいな感じ」
◇森保 一(もりやす・はじめ)1968年8月23日、静岡県掛川市生まれ、長崎市育ち。長崎日大高を卒業後、当時日本リーグのマツダに入社。後に日本代表を務めたオフト監督に見いだされ、92年に日本代表入り。93年のW杯米国大会予選で「ドーハの悲劇」を経験した。Jリーグ開幕後は広島、京都、仙台でプレー。2003年の現役引退後に指導者へ転じた。12年に広島の監督に就任してJ1を3度制覇。17年に東京五輪代表監督に就き、18年ロシアW杯後に日本代表監督就任。22年カタールW杯1次リーグでドイツ、スペインを破りベスト16に導いた。