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J1浦和の元日本代表MF阿部勇樹が涙の引退発表「幸せなサッカー人生」指導者転身へ

引退会見で涙する浦和・阿部(撮影・棚橋慶太)
 引退会見で感極まる浦和・阿部勇樹(撮影・棚橋慶太)
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 J1浦和の元日本代表MF阿部勇樹(40)が14日、さいたま市内で記者会見を開き、今季限りでの現役引退を表明した。

 歴戦の鉄人がピッチを去る。スーツ姿で登壇した阿部は時折、声を詰まらせながら「私、阿部勇樹は2021シーズンをもちまして、プロサッカー選手を引退する決意をしました」と切り出した。サポーターや千葉、計14シーズンを過ごした浦和などへの感謝を述べ、「本当に幸せなサッカー人生でした」と万感の思いを込めた。

 プロ24年目の今季は4年ぶりに主将を務め、FC東京との開幕戦でゴールも決めた。39歳174日での開幕弾は日本人最年長で、ジーコに次ぐ歴代2位の年長記録だった。J1通算23シーズン出場はGK楢崎正剛、曽ケ端準、MF遠藤保仁の21シーズンを上回る歴代最多。記録ずくめの開幕となったが、負傷の影響もあって5月下旬以降は急速に出場機会を減らした。8月9日の札幌戦を最後に欠場が続き、リーグ戦12試合の出場にとどまっていた。

 「今年始まった時点である程度、自分の年齢も考えて勝負の年、最後の年になるのではないかと考えていた」と語った阿部は、40歳の誕生日を前にした9月頭にクラブへ引退の意向を伝えたことを明かし、「今でもサッカーをしたい思いはあるが、1年前のサッカーをしたい思いとは少し差がある。それが僕にとって引退の合図だと思って決断した」と引退に至った理由を説明した。

 引退後は指導者に転じる意向を示した。イビチャ・オシム監督、ミハイロ・ペトロビッチ監督といった名将の薫陶を受けた阿部は「指導者への道に行きたい。行かなければ、今まで教えていただいた監督に失礼じゃないかと思う。その道へ新たなチャレンジをしたい」と未来へと視線を向けた。

 「サッカーをしていなかったら間違いなく今の自分はなかった。全てを懸けてやってきた。サッカーが好きで好きでたまらない」。サッカーへの愛情に満ちた言葉で、24年間の現役生活を締めくくった。

 千葉県市川市出身の阿部は1998年に市原(現千葉)から当時最年少記録の16歳333日でJリーグデビューした。イビチャ・オシム監督に見いだされ、2005、06年のナビスコ杯(現ルヴァン杯)で連覇。複数ポジションをこなす「ポリバレント」の代名詞的な存在だった。

 07年に浦和へ完全移籍し、イングランド2部(当時)レスターを経て、12年に浦和へ復帰。2度のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)制覇などタイトル獲得に尽力した。歴代4位のJ1通算589試合に出場し、75得点を挙げている。日本代表としては10年W杯南アフリカ大会に出場し、中盤の底を担う「アンカー」として日本のベスト16進出に貢献した。

 ◆阿部勇樹(あべ・ゆうき)1981年9月6日、千葉県市川市出身。1998年に市原(現千葉)から当時最年少記録の16歳333日でJリーグデビュー。2004年アテネ五輪では主将を務めた。07年に浦和へ完全移籍。イングランド2部(当時)レスターを経て、12年に浦和へ復帰。J1通算589試合75得点。日本代表として10年W杯南アフリカ大会でベスト16進出に貢献。国際Aマッチ通算53試合3得点。178センチ、77キロ。

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