「水曜どうでしょう」を作った男(1)

 随分と前に、スーザンボイルという1人の女性が話題になったことを、皆さんは覚えているだろうか?普通に暮らしていた1人の女性がある日、突然シンガーとして世界で一躍名を馳せたことを…。

 終了から10年以上経ったにも関わらず、いまだ関連イベントやグッズ、DVDなどが売れ続けている深夜バラエティー「水曜どうでしょう」(北海道テレビ放送製作、1996年10月~2002年9月放送)という番組があった。今をときめく俳優・大泉洋を輩出したこの番組を、記者自身、関西にいながらその面白さに瞠目していた。

 そんな“伝説的番組”のディレクター・藤村忠寿氏(50)が今度は自身が座長として、東京・浅草で芝居に挑戦するという一報を聞き、居ても立ってもいられず東京へと向かう事になった。

 そこで、見たのは間違いなく、舞台、それも時代劇だった。聞けば、関西を中心に活動する大阪の時代劇集団「笑撃武踊団」を従え、長年やってみたかった時代劇に挑戦することをわずか1年足らずで決めたという。

 驚いたのは、藤村氏が芝居をやっているというだけではない。この舞台が幕末をテーマにしながら、彼自身がやってみたかったテレビ時代劇の名シーンを披露したりと、全体が短編のオムニバス形式で進められていったことだ。

 さらに、その舞台全体をつなぎ、分りやすく説明しながら観客を巻き込んでいく講談師としての役割を担っていたのが、こちらも「水曜どうでしょう」の、もう1人のディレクター・嬉野雅道氏。そして、舞台全体の音楽を全てオリジナルで作曲していたのが「ダウンタウンDX」の元プロデューサー西田二郎氏という、テレビ業界のヒットメーカー達が集まっていたのである。

 聞けば、藤村氏はいくつかの舞台に客演としての出演は何度かしたことがあるという。それでも座長として一座を率いて公演するというのは、並大抵のことではない。だが、藤村氏は開演前に客席の前に登場し「いやね、やれると思ったんですよ!」と客席に向かって平然と言い放つではないか。それに対し、長年番組制作を共に行ってきた嬉野氏は「まぁね、あなたのすごい所は、やれると思ったことを本当にやってしまうところですよ」と、にこやかに応える。

 この客席前の会話の中で「僕たち、サラリーマンなんですよ。有給使って北海道から大阪に行って稽古して、東京で公演やってるんです。だからね、皆さん、そこのところを分って応援するように!」と、お願いなのか命令なのか分らないことを、公演前に客に向かって言っているにも関わらず、客席は彼の言葉に大盛り上がりで応えていた。

 彼自身も言うように、あくまでサラリーマン。いかに人気番組とは言え、それを作る裏方の50歳に近い、いわば中年である。一体、彼の何が、そこまで人を惹きつけるのか?藤村氏が率いる「藤村源五郎一座」の副座長・藤澤アニキ氏に聞いてみた。

 「親分はね、気遣いが凄いんですよ」

 -親分?気遣い?一体どういうことでしょう?

 「一座では藤村さんには敬意というか愛情込めて、みんな親分って呼んでるんです。というか、そばに居るとそう呼びたくなる人なんです」

 -なるほど、では気遣いの方でエピソードというか、何か教えていただけますか?

 「それはですね、大阪の公演の時なんですけど、皆で食事をするじゃないですか、当然舞台公演なんでスタッフも居るわけで、ちなみにスタッフはウチ(笑撃武踊団)の若手も混ざってやってたんですけど、その時にですね、生卵があったんです。皆それぞれ適当に、ご飯にかけて食べたりしてる中で『みんな食べた?』って聞くんです。出演者は全員食べてましたから、食べたんじゃないっすか?って答えたら『いや、あの子たちも食べた?』って聞くんですよ。座長が若手のそれも、うちの子のそんな所まで気にしてるなんて思ってなかったんで、一応みんなに聞いたら全員いただきましたって、それをそのまま伝えると、『じゃあ、俺食べよ』って、そこでやっと食べるんです。自分、舞台で20年以上やって来ましたけど、そんな人、始めてで驚きましたね。あとですね…」

 -まだ、あるんですか?

 「いや、源五郎一座って時代劇じゃないですか?で、衣装も着物だったり、カツラをつけたりと色々としなきゃいけないことが多いんですけど、それを全部自分でやるって憶えちゃって、そこまでしなくても俺がやりますよ、って言っても『俺は元々裏方だから自分でやらなきゃ落ち着かないんだよ』って言ってきかないんです。そんな事言いながら、気づいたら小道具まで作っちゃって、おまけに劇場での搬入、搬出も汗だくで一緒になってやってくれる。ああいう人に惚れちゃうんですよ」

 藤村氏自身、公演の前に、前述に出したスーザンボイル女史を引き合いに出し、こう語っていた。

 「演出の黒羽が言うんだよ。“ボイル化するオッサン”だって。今までとは全く違う才能を発揮して人を喜ばせる中年の事を、スーザン・ボイルさんと一緒だってさ。俺はね、なるほどって、なんか納得したんだよ。俺はボイル化してるのかって」

 “ボイル化するオッサン”たちの進撃は、どうやらまだまだ続くようである。

  ◇   ◇

 藤村 忠寿(ふじむら・ただひさ) 1965年5月29日、愛知県新城市で生まれ、名古屋市出身の50歳。北海道大学法学部卒業後、北海道テレビ放送(HTB)に入社。1996年10月に放送開始の『水曜どうでしょう』のチーフデレクターに就任、当時無名だった大泉洋を起用した番組は瞬く間に人気を博した。北海道の番組ながら全国にファンを増やし、台湾やアメリカでも放送されるよううになった。その後も数々の番組で賞を受賞する一方、今年の5月に大阪で活動する時代劇パフォーマンス集団『笑撃武踊団』とコラボした『藤村源五郎一座』を立ち上げ、東京、大阪、札幌と相次いで公演を行い、大成功を収めている。

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