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東出昌大さん不倫会見に「杏ちゃんが『かわいそう』」…それってどうなんだろう

 世の中の「コロナ」問題で陰に隠れてしまいましたが、俳優・東出昌大さんの不倫問題、先月には初めてご本人が会見したものの、批判が殺到していましたね。私も色んな方がおっしゃっている様にそもそも不倫は家族の問題で、奥さんと家族が許すなら世間がどうこう言うべきではないと思っています。ですが、今回の騒動で一つだけ気になることが。それはネットニュースのコメント欄に「(妻の)杏ちゃんがかわいそう」という言葉が飛び交っていたこと。

 ちなみにこの会見、リポーターがなぜか女性ばかりで「杏さんと唐田さん、どちらが好きですか」などの直球質問が物議を醸しましたが、出席していたリポーター曰く「各社示し合わせもないのに、偶然女性ばかりになった」。ただ、不倫の話題になると、被害者は妻なので女性のリポーターのズバッとした質問の方が視聴者の共感を得られやすいんだそう。そこが男性だと、庇ったり、きつく問い詰められなかったりするからだとか。それに今回はコロナ対策でリポーターが全員マスクを着けていたので語尾が聞き取りづらく、複数の質問が重なったこともきつく感じられた原因では…とも言っていました。でも、一番印象に残った事を聞くと「東出さんがすごく痩せてて、指が細くて長くてきれいだった」。こういう時にイケメンって得なのか損なのか(笑)

 話がそれましたが、そこで寄せられた「かわいそう」という言葉に、何とも言えない違和感を持ったのは私だけでしょうか。杏さんの状況、本当に、すごくお辛いと思います。アカの他人の私でも腹が立ちますもの。だから私もコメントを求められれば「お辛いでしょう」とは言うと思いますが、「かわいそう」とは言わない。「かわいそう」という言葉に一段上から見おろしているような印象を受けてしまうからです。

 辞書で調べたら「弱い立場にあるものに対し同情を寄せ、不幸な状況から救ってやりたいと思うさま」とありました。もちろん「救ってあげたい」と思う人がいるなら否定はしません。私は子どもがおりませんが、それを「かわいそうね」と言われたらやっぱりカチンときてしまいます。「私の何を知ってるの?」と。子犬が雨に濡れてるのを「かわいそう」と言うならともかく、人格がある「人」には、私は極力使わないようにしています。杏さんだって、味方にはなって欲しいとは思うかもしれませんが、同情は絶対されたくないんじゃないかな。

 ハイヒールの漫才で、モモコに「あんた目離れてんな」と吹っかけるネタがあるんですが、「生まれつきや」(モモコ)「それはそれで、かわいそうやな」(私)とあえて「かわいそう」という言葉を使ったところで、ドッと笑いが起きる。「かわいそう」って使い方の難しい言葉の1つだと思います。だからと言って「かわいそう」を使うなというのではありません。本来の意味をよく知った上で上手に使いたい言葉だと思うのです。知らず知らずのうちに人を傷つけている可能性もあり。日本語って本当に難しいですね。

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