薬物依存症では取り巻く人の教育も大切 ある良書から得た学び

 「町医者の独り言=52=」

 薬物についての報道が絶えない昨今、良書に巡り合えました。「薬物依存者とその家族、回復への実践録」です。この本は、かつて薬物常習者で依存症だった元暴力団組長の岩井喜代仁さんが執筆しています。「えっ!?」と首をかしげる人もいるかもしれません。このような経歴の人が書いた本を信用して大丈夫か?と思われたかもしれません。しかし、医師の立場から見ても参考になりました。また、薬物依存症のこと以外にも人生の指針となることが書かれています。

 岩井さんは「ダルク」の施設長です。ご存知の人も多いと思いますが、「ダルク」は、薬物依存症の人が病院から出たあとにサポートをする施設です。薬物依存症は「病気」であり、自分では克服できないという考え方がこの施設の大きな理念です。自分では治せないので、仲間や家族と一緒に薬を使わない日を持続させていこうという考えです。

 意志が弱いからやめられないのではなく、病気だからやめられないのです。実際に岩井さんは、今でもやりたいと本の中で正直に話をされています。ただ、薬を使わない仲間と共に歩くことによって助かっていると…。薬物依存症であったので、同じ症状の人の気持ちが分かり、親身なって寄り添い、再使用を防ぐ活動に命をかけておられます。

 薬物依存症になると何が怖いのか?それは、人間でありながら人間でなくなるということです。精神状態、肉体、考え方が完全にずれてしまうので、社会人として生きることができません。最終的には、家族、友人、信用…人として生きていくために大事なものを全て失ってしまうのです。

 私が若いころ、救急病院の仕事を手伝っていた際、薬物依存症の人が来院したことがありました。気にそぐわないことがあると大暴れを繰り返す異様な状態に大変驚きました。理屈ではない…以来、クスリの怖さを肝に銘じて医師を続けています。

 治療で大切なこと、それは自分が薬物依存症であるということをまず認め、ひとりではやめることができないことを素直に認めることです。そこから、12のプログラムに従って、回復への治療に臨んでいきます。重要なのは、その人を取り囲んでいる家族、友人なのです。その人たちが曖昧な気持ちで寄り添ってしまうと、すぐに元の世界に戻ってしまうことが多いのです。この本では、取り巻く人への教育も大切だと強調されています。

 薬物依存症に対する考え方には様々なものがありますが、今の時代、決して対岸の火事ではありません。芸能人の薬物報道などを他人事とするのでなく、常にクリスの怖さを認識するべきです。そろそろ、国を挙げて、みんなが真剣に取り組まないといけないのではないでしょうか。

 ◆筆者プロフィール 谷光利昭(たにみつ・としあき)たにみつ内科院長。93年大阪医科大卒、外科医として三井記念病院、栃木県立がんセンターなどで勤務。06年に兵庫県伊丹市で「たにみつ内科」を開院。地域のホームドクターとして奮闘中。

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