【野球】スピード全盛時代に語る、技巧派投手とバッテリーを組む面白さ 元広島の西山秀二さん
南海、広島、巨人で20年の現役生活を送った西山秀二さん(59)は、技巧派投手とバッテリーを組むことで捕手としての「考える力」を養われたという。優れたコントロールを持ち、多彩な変化球を駆使する投手をいかにリードして打者を打ち取るか。日々、考えを巡らせたことが成長につながった。160キロ超えの球速を誇る投手が次々に出現しているスピード全盛時代だからこそ語る捕手論とは。
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西山さんの現役時代に比べて、速球派投手の球速は格段にアップしている。大谷翔平投手は日本ハム時代の2016年に自己最速の165キロを出し、ドジャースでも164キロを計測。100マイル(約161キロ)超えの頻度は高い。
「今はピッチャーのレベルが上がり過ぎて、150何キロとか160キロ近い真っすぐを投げられる選手が多いから、(リードに)困ったら真っすぐをバーンと投げさせておけば前に飛ばないし、勝手にファウルになる。自分が現役をやってる時は、困って真っすぐにいったら、それこそカッパーンって打たれてましたからね」
手痛い経験を重ねながら、同じ失敗を繰り返さないよう頭を悩ませ続けた。
「困った時に、どうやってカウントを稼ぐか。何とかファウルを打たせたりしてカウントを稼ごうと、常々考えてやってましたね。最近は配球の細かいことはあまり教えてないんじゃないですかね。でも、真っすぐを投げさせといたら前に飛ばないでは、キャッチャーは育たないですよ。考えなくていいですから」
投手の“高速化”が進むことによって、キャッチャーの考える力が伸びないことを指摘した。
球の速さではなく、優れた制球力、多彩な変化球や投球術で打者を打ち取る技巧派投手とバッテリーを組むことで、自身が鍛えられたという思いがある。
「技巧派ピッチャーと組むのは面白かったですね。どうやって打ち取ろうかと必死で考えるからリードがうまくなる」と現役時代を思い起こす。
「精密機械」の異名を取った北別府学投手、「七色の変化球」を操る大野豊投手ら先輩投手とコンビを組むことで鍛え上げられ、自身の技術を磨いていった。
同い年の佐々岡真司投手とはあうんの呼吸ができあがった。「佐々岡は楽でしたね。ワンボールからでも、エンドランが来るなと思ったら、平気でウエストできたし、2ボールになっても、ど真ん中にスライダーを投げられるからカウント1-2に戻る。力任せにいくピッチャーでは、そういうことはできない。佐々岡みたいなピッチャーとやるのは面白かった」
意図した通りに正確に投げ込む投手と組むことでリードの幅は広がり地力がつく。それは西山さんに限った話ではない。
「谷繁がいい例ですよ。横浜時代はチームが下位に沈んでることが多い中、レギュラー捕手としてどうやって抑えようか、どうやったら打たれないかを必死で考えてたわけでしょう。それでもなかなか抑えられなかった。それがFAで中日に行ったら、川上憲伸なんて、要求した通りの球が来るんだから、面白くて仕方なかったと思いますよ。面白いように打ち取れて、リードもどんどん評価されるようになりましたよね」
捕手として歴代1位の2963試合出場を誇る谷繁元信捕手。横浜を38年ぶりの日本一に導き、移籍先の中日では制球力に定評のある川上投手との名コンビでチームの黄金期を支え、53年ぶりの日本一に導いた名捕手の名前を挙げた。
「キャッチャーもどれだけいいピッチャーと巡り合うか」-。西山さんが20年の現役生活でたどり着いた答えだ。
(デイリースポーツ・若林みどり)
西山秀二(にしやま・しゅうじ)1967年7月7日生まれ。大阪府出身。上宮高から1985年のドラフト4位で南海に入団。87年のシーズン途中で広島にトレード移籍。93年に正捕手となり94、96年にはベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。広島の捕手として初めて規定打席に到達して打率3割をマーク。2005年に巨人に移籍し、その年に引退。プロ在籍20年で通算1216試合、打率・242、50本塁打、36盗塁。巨人、中日でバッテリーコーチを務めた。
