【野球】後楽園、東京Dに美声響かせ48年目「こんなに長くやらせてもらえるなんて」巨人のレジェンド場内アナウンス担当・渡辺三保さん 野球好きの原点は大荒れの「伝統の一戦」にあり

 巨人の主催試合を支え続けているレジェンドがいる。場内アナウンス担当を務める渡辺三保さん(67)。1979年に“ウグイス嬢”の募集に申し込んで採用され、今年で48年目。東京ドームに流れる安定感のあるアナウンスは、選手のみならず来場者にも心地よく響く。結婚、出産、さらに定年もへて、この道一筋でマイクに向かう渡辺さんに話を聞いた。

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 東京ドームのバックネット裏上方に渡辺さんの“指定席”はある。

 マイクが置かれたガラス張りの放送室から眼下に広がるグラウンドを見渡した渡辺さんは「本当にここはいい席なんです。遮るものがないし、スタンドのお客さまの反応も手に取るように分かる。こんないい席で野球を見られるなんてね」と幸せそうに話す。

 試合中、放送室にいるのはひとり。スコアブックをつけながら試合の流れを追い、選手のコール、審判からの電話連絡を受けて選手交代などを告げる。プロ野球の平均試合時間は3時間強。集中力、瞬発力が求められる仕事だが「座っていると平気です。長いときは5時間くらいありますけど」と涼しい顔を見せる。

 長く1軍専属でアナウンスを務めていた期間もあったが、2021年に自身の入社以来、42年ぶりに後輩3人が採用されたのを機にジャイアンツタウンやジャイアンツ球場で開催される2軍、3軍の試合も受け持つ。

 「以前は球団職員としてスカウト部の仕事を兼務していたこともあって、入団発表の時などに選手と接触できたので、名前と顔を覚えられたんですけど、今は2軍、3軍の試合をやらせてもらわないと分からなくなってしまうので。背番号は変わることも多々ありますし、見えないこともあるので、顔で覚えた方が手堅いですから」。1軍から3軍まで大所帯となったチームの新戦力把握にも余念がない。

 ウグイス嬢となったのは後楽園球場時代にさかのぼる。長嶋茂雄氏の監督5年目だった79年4月に新聞に掲載されていた募集記事を見つけて応募。300人超の中から合格を勝ち取り6月に入社した。

 「伊東キャンプが秋に行われた年でした。江川さんが入団したのもその年ですけど、後楽園でイースタン戦に初登板した時はまだ入社してなかったです」。自身の人生のターニングポイントと同時期に、世間の大きな注目を集めて入団した江川卓氏の後楽園デビューを思い起こした。

 野球に興味を持ったきっかけは、小学生時代にテレビで見た伝統の一戦だった。「いつも家ではテレビで野球中継が流れてましたが、たまたま見たのが王選手がデッドボールを受けた試合で、乱闘があって再開後、まだ騒然としている中で長嶋選手がホームランを打ったんです。そこから巨人と長嶋選手、並行して高校野球も見るようになりましたね」

 球史に語り継がれる68年9月18日の甲子園での阪神-巨人戦。顔面付近への厳しい攻めに続き、王選手が頭部死球を受けたことで、2度目の乱闘騒ぎが勃発。そんな荒れた試合を鎮めたミスターの強烈な3ランが巨人、野球との出合いとなり、縁はつながっていった。

 20歳での入社から今年で48年目。アナウンス担当として経験を積みながら結婚、出産という人生の節目も迎え、1年の休職期間を経て復職した。

 「当時は結婚退職が当たり前の時代でした。子どもを産んでも仕事を続けられたのは、山中さんをはじめ、協力していただいた職場の方、保育園や学童クラブの先生方、そして家族の協力があってこそなんです」

 自身の2年先輩のウグイス嬢で2021年に引退するまで42年間、苦楽をともにした山中美和子さんをはじめとする周囲への感謝を口にした。

 18年に定年を迎えて以降は巨人と業務契約を結んでアナウンス業を続けている。

 「こんなに長くやらせてもらえるなんて想像もしてなかったです」

 自身の歩んできた道を渡辺さんは振り返った。

(デイリースポーツ・若林みどり)

 ◆渡辺三保(わたなべ・みほ)1958年10月1日生まれ、67歳。東京都出身。79年に巨人に入社し庶務部(現総務人事部)などを経て2004年からはスカウト部に在籍。入社から04年までは1、2軍のアナウンスを務め、05年からは1軍専属となった。18年の定年退職後、19年からは契約で業務に従事し22年からは2軍、3軍戦も担当する。

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