【野球】現役20年 西山秀二さんが捕手目線で見た右の最強打者「見逃すと思ったところからバットが出てくるからエッと思う」高校時代に対戦した選手の名前も

 南海、広島、巨人の3球団で20年の現役生活を送った西山秀二さんが、捕手目線で見てきたすごい打者とは誰だったのか。達川光男捕手の後継者として1990年代の広島を支え、北別府学、大野豊、川口和久、佐々岡真司ら百戦錬磨の投手とコンビを組んできた西山さんが語った。

  ◇    ◇

 投手の女房役として、その状態を見極めつつ、打者の弱点や試合状況を読みながら、配球を組み立てサインを出す-。

 相手の攻撃を最小限に抑えることに神経を集中させてきた西山さんが自身の経験値から最強打者に挙げたのは、この選手だった。

 「プロ野球で見た中で、右バッタ-の最強バッタ-って言ったら、落合さんですね」

 ロッテ時代の82、85、86年に打率、本塁打、打点の三冠王を3度獲得した落合博満選手。87年に中日に移籍、その後、巨人、日本ハムでも主砲として活躍した。

 西山さんが本格的に落合選手を打席に迎えるようになるのは、達川捕手の引退後に正捕手となった93年以降だが、鮮烈な印象があるという。

 「何がすごいかって、追い込まれてからの打撃ですよ。普通のバッタ-は最初(0ストライク)は3割、それから(1ストライク後)は2割か1割ないぐらい数字が下がっていくんですが、2ストライク以降の打率がすごいんです」

 落合選手の通算成績は7627打数2371安打、510本塁打、1564打点、打率・311。2ストライク後の成績に目を向けると3827打数999安打、184本塁打、581打点、打率・261。本塁打、打点ともにおよそ3分の1を2ストライク後に稼いでいる。

 三冠王を取った85年を見ると数字はさらに際立つ。打率・367で首位打者を獲得しているが、2ストライク後では、それを上回る驚異の・374を残しているのだから驚きだ。

 「変化球になんぼでも対応できるから、追い込まれても苦にならないんでしょうね。打つポイントが近いんです。ここでしか、もう間に合わんやろというところで初めてバットが出てくる。それで間に合うんです」

 さらに言葉を続けた。

 「最後の変化まで見て、ここというところでバットが出てくるので、捕球しようとしてミットをたたかれそうになる。見逃すんだなと思ったところから出てくるから、こちらはエッと思う。普通のバッターはもっと前で捉えないと間に合わないから、空振りだと分かるんですよ」

 ホームベースの後方で幾度となく受けた衝撃の瞬間を思い起こすように熱弁をふるった。

 落合選手には、大野投手とバッテリーを組んでいるときに痛打された経験がある。追い込まれても、大野投手が投じる決め球のスクリューを狙いすまして捉えられた。「大野さんが決め球のスクリューを投げたら、落合さんはそれを待ってちゃんとホームランにしてましたね」。一流同士の真っ向勝負は立ち入ることができないような世界だったという。

 プロで出会った最強の右打者に落合選手の名前を挙げた直後に、実は西山さんはもう一人の名前を出している。

 「あとは、高校時代の清原ですね」-。

 西武、巨人、オリックスに在籍して歴代5位の通算525本塁打を放った右の強打者について、あえて“高校時代の”と言うのは、当時の対決で目の当たりにしたPL学園時代の清原和博選手の打棒に衝撃を受けたからにほかならない。

 大阪・上宮高2年時に4番捕手だった西山さんは、同学年の清原選手がいたPL学園と一度だけ公式戦で対戦。清原選手に日生球場の左翼スタンド場外へ特大弾を打ち込まれ、甲子園出場という目標を断たれた。その残像はずっと西山さん脳裏に刻まれている。

(デイリースポーツ・若林みどり)

 西山秀二(にしやま・しゅうじ)1967年7月7日生まれ。大阪府出身。上宮高から1985年のドラフト4位で南海に入団。87年のシーズン途中で広島にトレード移籍。93年に正捕手となり94、96年にはベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。広島の捕手として初めて規定打席に到達して打率3割をマーク。2005年に巨人に移籍し、その年に引退。プロ在籍20年で通算1216試合、打率・242、50本塁打、36盗塁。巨人、中日でバッテリーコーチを務めた。

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