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【野球】体重わずか66キロの投手が球宴に 広島のチャンこと高木宣宏を覚えているか

大洋(現DeNA)戦でプロ入り初完封勝利を飾った高木(左)と古葉監督(右)。中央は筆者=1985年5月30日(広島市民球場)
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 体重わずか66キロの投手が球宴マウンドに立っていた!あなたは広島にいた細腕の左腕、チャンこと高木宣宏(58)を覚えているだろうか。

 「マイナビオールスターゲーム2021」のファン投票が5月29日から始まった。第1戦は7月16日にメットライフで、第2戦は翌17日に楽天生命パークで行われる。日本球界に復帰した田中将大や阪神のゴールデンルーキー、佐藤輝明がどこまで得票数を伸ばすか、楽しみなところである。また、全パの工藤公康監督(ソフトバンク)、全セの原辰徳監督(巨人)の監督推薦も興味津々だ。

 監督推薦でながら球宴出場を果たした選手の中に、思いで深い投手がいる。1985(昭和60)年、全セの指揮を執った当時広島の古葉竹識監督が選んだ高木である。85年シーズン前半には、まぶしいぐらいの輝きを放った投手だった。

 81年の夏の甲子園大会に、北陽高(現関大北陽高)の一員として背番号「10」を付けて出場。3回戦では一回途中からマウンドに上がり当時、名古屋電気高(現愛工大名電高)の工藤公康と延長12回の投げ合いを演じた。この年のドラフト3位で広島、西武、ヤクルトの3球団競合の末、広島に入団した。

 プロ1年目から1軍のマウンドに立ったが、4年目の85年は、開幕から絶好調だった。179センチ、66キロというプロ野球選手らしからぬ体形ながらMAX147キロのストレートとカーブを武器に勝ちまくった。特に印象深かったのが6月16日、後楽園球場での巨人戦だった。

 W・クロマティ、原辰徳、中畑清を中心とする打線を相手に8安打、7三振、自責点1の完投劇でハーラー単独トップの8勝目。防御率も2・45で、この時点は投手2部門でトップだった。しかも、試合で投げた球数はなんと175球。後楽園球場でその試合を取材していた私は、その無尽蔵ともいえるスタミナに驚くしかなかった。

 高木は私が一番初めに仲良くなったプロ野球選手で、あだ名は「チャン」だった。童顔なので「坊チャン」の「チャン」が由来と聞いたが、実際は違っていた。実はカープには高木より以前に高木真一という投手が在籍しており、その選手が故三波春夫の「チャンチキおけさ」という歌が得意で「チャン」と呼ばれていた。それを引き継いだ-と本人から聞かされた。

 私は当時、広島の1軍の合宿所がある三篠の近くに住んでおり、チャンは何度か部屋に遊びにきた。その度に、私の部屋のあまりの汚さに「靴のまま入っていい?」と聞かれた。バツが悪いことこの上なかった。

 今はお互いのSNSをフォローするぐらいだが、彼が引退して埼玉でサラリーマンをしていたころ、バッタリと都内で会ったことがある。なにか因縁を感じる人間である。=敬称略=(デイリースポーツ・今野良彦)

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