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【芸能】球団歌「それ行けカープ」もカバー 南一誠、「広島天国」でデビューし歌手生活40周年

40周年記念コンサートでお祝いに駆けつけた安仁屋さん(左)、古葉さん(右)とともに熱唱する南
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 地元広島を拠点に活動する歌手の南一誠(66)が今年、歌手生活40周年を迎えた。

 幼少の頃から歌が大好きで、崇徳高時代はグリークラブ部の初代メンバーとして活躍。1980年4月に「広島天国」「雨の港から」で歌手デビューした。「79年にカープが日本一になったこともあって、何か広島の歌を作ろうということで生まれたのが広島天国でした」。その後も“広島の心”を歌い続け、シングル22曲、アルバムは6枚を発売した。

 現在、「広島天国」はカープ・アドゥワの登場曲にも使われている。曲がマツダスタジアムに流れると、スタンドから手拍子が起こり、アドゥワは「大きな力になっている」と話す。南は「それが私の40年の軌跡でもあるんです。広島天国が広島の人々の間に浸透し、だれかの力になっている。こういうことを目指して40年前にデビューしたわけですから」と目を細めた。

 カープとともに歩んできた歌手人生でもあった。5月に広島市で行ったデビュー40周年の記念コンサートには、元広島監督の古葉竹識さん(83)と安仁屋宗八さん(75)がお祝いに駆けつけ、一緒にステージで熱唱した。「以前はいろんなイベントで選手の皆さんとご一緒させてもらいました。古葉さんや安仁屋さんとは今も親しくさせていただいてますし、(高橋)慶彦ともよく飲みにいきました」。球団歌「それ行けカープ」をカバーしたり、「カープ選手別応援歌」も発売した。

 広島を拠点にしながら、今も年2回、宮城県で行われる東日本大震災のチャリティーライブに参加し、東京や福岡でもコンサートを開催している。5月には40周年記念シングル「西国浪漫」「わが郷…三次」をリリース。広島市のほかに、三次市、福山市で行った40周年記念コンサートも大盛況だった。「歌というのは、聴く人の人生と絡み合いながら、その人に元気や勇気を与えるものなんです」。これまで多くの人が南の歌声に癒やされ、勇気づけられてきた。

 信条は「五力(ごりき)」だ。「いつまでも歌手を続けるためには体力と気力。ステージでお客さんに喜んでいただくためには実力と迫力。そして人としての魅力。この5つのどれか一つが欠けてもだめなんです」。

 「五力」を維持するために、若い頃はトレーニングジムに通っていた。現在も定期的にボイストレーナーの元へ足を運び、のどのケアに気を使っている。銭湯通いでリフレッシュに努め、野菜作りや松の剪定(せんてい)など自然との触れあいも大事にしている。時代小説が大好きで、これまで読んだ本は数千冊。家族からは「(本の重みで)家がつぶれるから捨ててほしい」と言われているとか。プロフェッショナルとしての日々の小さな積み重ねが、現在も力強い歌声と知性あふれる話術でファンを魅了し続ける南の歌手人生を支えている。

 50周年へ向けて大きな夢がある。「歌手である以上、紅白歌合戦はきちんと見据えておかないといけない。衰えやあきらめといった気持ちを持つと、すべてが終わってしまう気がする。これからの10年は紅白へどう向かっていくかが私の大きなテーマなんです」。夢のステージはいつかかなうと信じて、これからも心にしみる広島の歌を歌い続ける。(デイリースポーツ・工藤直樹)

 ◆南一誠(みなみ・いっせい) 本名は南義信。1952年10月19日生まれ。広島県東広島市安芸津町出身。崇徳高卒。主なヒット曲は「広島天国」「慕情の街」「ひろしまかくれんぼ」「それ行けカープ」など。2010年に前広島の前田健太(現ドジャース)らとともに「広島市民賞」を受賞し、「広島市特任大使(ひろしま文化大使)」に任命される。RCCラジオでは毎週月曜午後8時から「南一誠のゆめ語り一誠一座」を放送中。

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