全身脱毛症と戦う女子プロレスラー

 大阪に強烈な存在感を放つ女子プロレスラーがいる。下野佐和子(26)。当たりの強さが自慢のパワーファイターで、将来を期待される若手選手だ。彼女にはプロレスの対戦相手とは別に、もうひとつの大きな敵がいる。原因不明の全身脱毛症…髪の毛はもとより、体中の毛が全て抜け落ちてしまったのだ。病気を告白し、ありのままの自分をさらけ出してリングに上がる。プロレスラーとして、一人の女性として戦い続ける姿を追った。

◆同世代ではトップの実力、女子プロ界のホープ

 プロレスラーになるなんて思いもしなかった。介護の仕事のため鹿児島から大阪に出てきた下野は、あくまで「体を動かしたい」という理由で某団体主催のプロレス教室に通っていた。これを聞きつけたのが、大阪での新団体旗揚げを計画していたベテランレスラー・GAMI(二上美紀子、株式会社「ZABUN」代表)。「面白そうだな」。誘いを受けた下野は、思い切ってプロレスの世界に飛び込んだ。

 練習生は他にもいたが、最終的に残ったのは「一番印象が薄かった」(GAMI)という下野1人だけ。厳しい練習とテストをクリアし、10年3月に地域密着型の新団体「OSAKA女子プロレス(通称・大女)」旗揚げ戦でデビューした。柔道の経験があった下野は、器用ではなかったが根性だけは抜群。先輩レスラーとの試合で鍛えられメキメキと実力をつけていった。11年7月には若手選手限定のタイトル・ジュニア二冠王座を奪取。辛口なGAMIが「同世代と比べたら下野は強すぎる」と評するほどになった。遠くない未来、女子プロレス界を背負って立つ存在になる--下野はそんな期待を込められる選手に成長していった。

◆原因不明の異変…抜けていく髪の毛

 順風満帆かに見えたが、静かに異変は起こっていた。ある日、下野は後頭部に円形脱毛症を見つける。「すぐに治るだろう」と軽く考えていたが、次第に症状は悪化し、さらに体中の毛が抜けていった。駆け込んだ病院では「ストレスの影響ではないか」と告げられたが、そんな自覚はなく確たる原因は不明。当初は頭皮を着色したり、髪をくくったりすることで隠していたが、すぐに限界がきた。13年の暮れごろには全身のありとあらゆる毛が無くなり、頭にバンダナを巻いて試合に臨むようになった。

 「意外と脱毛症に気づく方はいなかったんです。普段はウィッグをつけてましたし。ファンの方から“髪の毛を出したほうがいいのに”と声を掛けられることもありました」

 体毛が無くなったことで様々な変化があった。眉毛がないことで、試合中は目に入ってくる汗に苦しんだ。鼻毛がなくなり風邪を引きやすくなった。そして何より頭髪がないことの虚無感。「ある時、テレビから“髪は女の命でしょ”みたいな言葉を聞こえてきたんですけど、でも私の頭には毛がないわけで。前向きに考えるようにはしてたんですが…」。普段はオシャレを楽しみたい20代半ばの女性。自分が“普通でない”ことは、下野の心に大きな影を落とした。

 脱毛症の影響かプロレスでも伸び悩み始める。ジュニア二冠王座は年下の選手に敗れて陥落。黒星を重ねるようになり、14年春から始まったリーグ戦では、1勝もできずに予選敗退する屈辱を味わった。女子プロレス界の“期待の星”は、出口の見えない暗闇でもがいていた。

◆アクシデントが転機、全身脱毛症を告白

 転機は突然に訪れた。8月3日のボートレース場でのイベント試合中、頭のバンダナが取れてしまったのだ。プロレスを初めて見る観客も多い中、突然現れたスキンヘッドに笑い声も上がったという。予想外のアクシデントに下野はパニックになった。

 「やばい!って。一瞬、素の自分に戻って、周囲の声が全く聞こえなくなってしまって…」

 何とか試合を終えたものの、リング上で髪のない頭をさらしたのは初めてのこと。ひどく落ち込んだが、同時にある思いが湧き上がってきた。「ちゃんと公表する時が来たんじゃないか」。現実と向き合い、ありのままの自分を見せるべきなのではないか、と。

 その4日後、東京・新木場での試合開始前に、下野はバンダナをつけずに登場。会場がどよめきに包まれる中、自分の口から全身脱毛症であることを告白した。

 「打ち明けてスッキリしたのと、お客さんからも温かい言葉をもらってホッとしたのと。さすがに“坊主も似合うよ”と言われた時は複雑でしたけど(笑)」

◆「次のステップに」恩人との一騎打ち

 9月21日、全身脱毛症を公表後初となる、ご当地での大女興行。下野はメーンで桜花由美(おうか・ゆみ)との一騎打ちが組まれていた。この一戦は、下野の強い希望により実現したカードだった。

 「桜花さんはデビューの時から自分を見てくれた人。脱毛症を公表したこのタイミングで、桜花さんに自分の全てをぶつけたかった。そうすることで次のステップに進めるような気がしたんです」

 顔面に蹴りを食らい何度もマットを舐めたが、そのたびに会場に響き渡るような雄叫びを上げて立ち上がった。自慢のパワーで攻め込み優位に立つ場面もつくったものの、キャリア14年目の実力者との差は明らか。脅威の粘りも届かず16分9秒、精魂尽き果てた下野は敗戦の3カウントを聞いた。

 結果だけを見れば若手がベテランに完敗した試合。しかし、それだけではないことを桜花は感じ取っていた。「自分をさらけ出していきたい、という思いを感じました。試練を乗り越えた時に、必ずもっと大きくなれる。その力が彼女にはあると信じています」。会場の片隅から愛弟子を見つめていたGAMIも「まだまだやけど、吹っ切れた感が出てきたね」とうなずいた。再スタートを印象づける下野の奮闘ぶりに、客席からも大きな拍手が送られた。

◆周りと違うことをマイナスにならないで

 全身脱毛症になる前から“全力でプロレスに打ち込む”という姿勢は全く変わらない。ただ、プロレスラーとしての使命は以前よりも強く感じるようになっているという。

 「同じ悩みを持っている人もいるだろうし、脱毛症に限らず、周りと違うことで悩んでいる人もいると思います。でも、マイナス思考にならないでほしい。私も髪の毛が無くなって落ち込んだりもしたけれど、こうやってウィッグしたりしてオシャレを楽しむこともできるようになりました。みんな人それぞれコンプレックスを持っていると思うんです。私の試合を見ている間だけでも、そういうものを忘れられるような、もっともっと熱く、楽しい試合を見せられるプロレスラーになりたい」

 きっと自分のプロレスが誰かの勇気になる。それを信じて、下野は戦い続ける。

(デイリースポーツ・平尾 亮)

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