高木美帆が大粒の涙 インタビューでは何度も絶句「言葉で表現するのは難しい」悲願金狙った本命種目1500mでまさかの6位、メダル逃す ラスト1周で失速 ヨハンコーチと抱き合い号泣、クールダウン中も頬濡らす
「ミラノ・コルティナ五輪・スピードスケート女子1500メートル」(20日、ミラノ・スピードスケート競技場)
同種目世界記録保持者で18年平昌、22年北京五輪2大会連続銀メダルの高木美帆(31)=TOKIOインカラミ=は1分54秒865で6位に終わり、メダル獲得はならなかった。大会全4種目を終えた。
前半から好ラップを刻み、残り1周までは1位を上回るタイムだったが、最後は失速した。ゴール後は表情を崩さず、スーツを脱いで膝に手を付いた後、苦楽をともにしてきたヨハンコーチと抱き合って涙が止まらなかった。駆け寄ってきた佐藤綾乃ともハグを交わした。その後、応援に手を振ってお辞儀した。ただ、クールダウン中にも涙がこぼれ続けた。
インタビューでは「ちょっと今、自分の言葉で表現するのは難しいですね・・・この1500メートルやっていく中で序盤から攻めていくことを取り組んでいて、それを可能な限り攻めるレースをしたんですけど、ずっと課題としていたラストのスケーティングの維持が超えられないまま終わったなという感じです」と何度も絶句しながら言葉を紡いだ。ヨハンコーチと抱き合った心境についても「ちょっと言葉にするのは難しいかなと。整理がついていないところがありますね」と語り、4度目の五輪を「北京の時もそうだったんですけど、色んな感情を味わった大会でした」と複雑な表情で語った。
だれよりもこだわりもって取り組んできた1500メートル。北京五輪からの過酷な4年を歩んでこれたのも「1500メートル」の存在があったからこそだった。
今大会は1000メートル、500メートル、チームパシュートで3つの銅メダル。「銅はもうお腹いっぱい」と話し、本命種目へ闘志を燃やしていた。今季W杯4戦4勝で最大のライバルとみられていたヨイ・べーネ(オランダ)が国内選考会で同種目代表に入れず。好機と見られていた。
日本女子のエースは、北京五輪直後の22-23年シーズンから日本スケート連盟のナショナルチーム(NT)を離れ、新たに「チーム・ゴールド」を立ち上げた。恩師であるNT前ヘッドコーチのヨハン・デビット氏に再び師事する二人三脚の形でスタートしたが、日本代表の佐藤綾乃らも合流。今季限りでの解散が決まっているが、現在は計7人のエリート精鋭集団で切磋琢磨してきた。4度目の大舞台が終わりを迎えた。
◆高木美帆(たかぎ・みほ)1994年5月22日、北海道幕別町出身。中学3年時に2010年バンクーバー五輪に出場。18年平昌五輪では姉・菜那さんらと団体追い抜きで金メダルを獲得し、1500メートルで銀、1000メートルは銅。22年北京大会は1000メートルで金、500メートル、1500メートル、団体追い抜きは銀だった。1500メートルの世界記録保持者。164センチ。
