【五輪サイドストーリー】小野光希 基礎築いた小学時代の11時間猛練習 川崎→千葉まで寝過ごし母から大量着信
「ミラノ・コルティナ五輪・スノーボード女子ハーフパイプ・決勝」(12日、リヴィーニョ・スノーパーク)
2大会連続出場の小野光希(21)=バートン=が85・00点で銅メダルを獲得した。1回目からルーティンを完遂し、予選11位から大逆転。予選2位通過で決勝9位に沈んだ22年北京五輪のリベンジを果たし、表彰式では首にかけられたメダルを両手で大事そうに持って、ほほえんだ。
憧れた2学年の姉に負けじと猛練習した小学生時代が、基礎を作っていた。2010年バンクーバー大会を見たことをきっかけに五輪を志した小野。小学生時代は神奈川県川崎市内にあった室内スキー場のレッスンに姉と一緒に通っていた。ハーフパイプは危険を伴うため、上のクラスの人しか滑ることができない。先に上達した姉が楽しそうに滑っている姿を見て、「早くパイプ滑りたい!」と闘争心が燃えていた。
転機は小学4年で出場したアマチュアの関東大会。回転数はトップ選手に劣らなかったが高さがなくて点数が伸びず、「下から数えた方が早かった」と大敗した。「現実を突きつけられて、めっちゃ燃えた」。負けず嫌いの心に火が付いた。
練習は週6日に増加。学校がない土日は着替えに加え、昼食用と夕食用のお弁当を2つ持って、長いときは朝9時から午後8時まで滑り込んだ。「最後は魂が抜けたように滑っていたし、1番きつかった。今はもう戻れない」と、当時を回顧すると苦笑いが出てしまうほどだ。
そのスキー場に通う始めた当初は両親に送迎をしてもらっていたが、慣れてくると姉と2人電車で通った。疲労困憊(こんぱい)で埼玉で降りるはずが千葉まで寝過ごし、心配した母から大量の着信が入っていたこともあるが、猛練習の成果もあって翌年には関東大会を突破。アマチュア全日本選手権でも3位に入ってライバル心を燃やして姉にも初めて勝利し、飛躍のきっかけをつかんだ。
練習中はガラス張りの観客席で見ていた両親から「グラブしなさい!」と口パクで怒られていたこともあったが、今はそれも良い思い出。丸1日滑り続けた日々が礎になり、2度目の五輪で輝くメダルを手にすることができた。「私は五輪を見てスノーボードに熱を込めた。本当に特別なものになった」と小野。4年に1度の大舞台で努力が実を結んだ。
