鈴木亮平「東京の父」塩屋氏の死を悼む
舞台公演先の仙台市の会場で倒れ、急性大動脈解離のため5日に亡くなった映画監督で俳優の塩屋俊(しおや・とし)氏について、愛弟子で、同公演に主演していた俳優・鈴木亮平が6日、「僕にとって、長年の演技の先生であり、人生の師であり、そして、東京の父親です」と所属事務所を通じ、哀悼のコメントを発表した。
塩屋さんは5日、演出を手がけた舞台「HIKOBAE」の公演会場(仙台電力ホール)の楽屋でけいこ中に突然体調不良を訴え、そのまま意識不明となった。すぐに救急車で仙台厚生病院に搬送されたが、5日午後2時56分に死亡が確認された。死因は急性大動脈解離。56歳だった。通夜、葬儀は近親者のみで密葬で営まれる。後日改めて「お別れの会」を行う予定。
5日の仙台公演は午後6時半開演で、鈴木ら出演者やスタッフには、公演終了後に訃報が伝えられたという。関係者によると、鈴木は父親のように尊敬し、慕っていた恩師の死を知らされ、ショックを受けていたという。
鈴木は、塩屋さんが主宰していた俳優養成学校「アクターズクリニック」の受講生で、塩屋さんの“愛弟子”だった。塩屋さんは10年公開の映画「ふたたび」で鈴木を主演に抜てき。演出を務めた舞台「HIKOBAE」の主演に鈴木を起用し、昨年はニューヨークで、今年はロサンゼルスでも上演した。
鈴木は帰京した6日、所属のホリプロを通じ、「塩屋さんは僕にとって、長年の演技の先生であり、人生の師であり、そして、東京の父親です。最初に出会った時から、『世界に通用する役者になれる』『お前は俺の分身だ』と言われ、自分が『ステップストーン(踏み石)』になって次の世代を世界に出していかなきゃいけない、といつも話されていました。映画『ふたたび』では主演に抜擢していただき、舞台『HIKOBAE』では、ニューヨーク・ロサンゼルス公演を経験させていただきました。今はただただ唖然とするばかりです」とコメント。突然の死を受け止められない様子だった。
東日本大震災で大きな被害を受けた福島県相馬市の医療現場を舞台にした「HIKOBAE」は、ニューヨーク、ロサンゼルスを経て、今年6月2日から福島、盛岡と東北で公演を重ね、5日の仙台公演が大千秋楽だった。
