2020年下半期に見逃していない? 観るべき邦画の評論家鼎談
新型コロナウイルス感染の影響で、公開が延期されていた映画がようやく公開されはじめた2020年の下半期。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が歴代1位という記録を打ち立てたものの、上映期間が短かったり、通常のように俳優や監督が舞台挨拶などでアピールできる場を失ってしまった作品も少なくないような状況に。
そこで、数々の映画メディアで活躍し、Lmaga.jpの映画ブレーンである評論家 ── 春岡勇二、ミルクマン斉藤、田辺ユウキの3人が、「ホントにおもしろかった映画はどれ?」をテーマに好き勝手に放言。2020年・下半期公開の日本映画からベスト3を厳選、そのほか見逃したくない映画についても紹介。
文/田辺ユウキ
田辺「日本映画はトータルして行定勲イヤーでした」斉藤「今年は新型コロナの影響もあって上半期に上映する予定だったものが下半期にずれこみ、日本映画、外国語映画、どちらも前代未聞の公開本数に。しかも、ネットフリックス、アマゾンプライムなんかのオリジナル映画も増えているよね。僕はなるべく全部、追うようにしているけど」
田辺「そんななかで大きなトピックスは『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の大ヒットでしたね。まだまだ記録を伸ばしそうですが、ここではあえて触れずに・・・日本映画はトータルして行定勲イヤーでした。上半期はリモート映画『A day in the home Series』で今年のコロナの状況にいち早く反応して作品をつくり、下半期は『劇場』、『窮鼠はチーズの夢を見る』という2本の傑作が公開されました」
斉藤「行定さんが自ら言っていたんだけど『劇場』は『嫌いだ』という人も少なくないらしい。でもその気持ちも確かに分かるよね。近親憎悪的な感覚。『自分もこいつらと同じようなものだけど認めたくない』という方がいると」
春岡「山崎賢人が演じた演劇作家・永田が、まぁ酷すぎるからね。そして、松岡茉優扮する恋人・沙希もあれは結局、男をダメにする子だよなあ」
田辺「だけどダメ男を好きになってしまう沙希のような女性は現実的にたくさんいるし、結局はどちらもかなり酷いから、ミルクマンさんがおっしゃったように『嫌い』という意見も確かにあると思います。でも松岡茉優の芝居のアプローチの良さもあるから、あのやさしさについつい甘えてしまう気持ちも頷けます」
斉藤「松岡茉優は、そういう男に惚れる自分に自覚的なところがあるはず。だから賢人のネガティヴな自己嫌悪の甘ったるさに本当にキレたときすっと素に戻ってさ、逆襲するシーンの怖いこと、怖いこと!」
田辺「ずーっとあの優しい声色で永田を受け止め続けてきたのに、一瞬『でも、私って頭良いとこあるじゃん?』って。全部、あなたのことを分かってやっているし、それでも好きなんだからねという」
春岡「『そんなにバカじゃないじゃん?』ということだよな。あの言葉も本気だし、何より沙希にとって永田は同志なんだよ。地方から出てきた人間が東京で暮らしていくための同志であり、互換関係。おかしいのは、沙希が『私もう東京ダメみたい』って言ったときに、永田は『彼女にとって東京のほとんどである俺がやっぱりダメなんだ』ってなるところ。自惚れんじゃねぇよ、お前それは違うんだぞって(笑)」
斉藤「最後まであいつは自虐癖だけど、ナルシストでダメな奴。最後も下北のちょっと大きな劇場をいっぱいにしているくらいで、それくらいしか成功していないのよ。King Gnuの井口理が扮した劇作家は大劇場で蜷川幸雄作品みたいなことをやっているわけやんか? 元から才能が違う」
春岡「ラストはきっと2、3年後になっているよね。俺は、松岡の指に指輪があるかどうか気になったんだけど、一応そこはないんだよね。でも本当に結婚していないのか、永田の芝居を観劇する前に指輪を指から抜いたのかは、分からない。そんなのはどっちでも良いんだけど、ただちょっと気になる。指を見せるような感じで、でも見せていないのは大事だよね」
田辺「そういった『赤裸々ではない』という部分の良さが『劇場』は光っていました。沙希とバイト先の店長の関係とか。家に上がっているシーンもあるから、実は何度か肉体関係を持っていたのかどうかとか、それとも一緒に演劇を観ただけなのか。語られない分、生々しい」
斉藤「『罪の声』は土井監督の映画史みたいなところもあるよね」斉藤「『劇場』は恋愛映画といえば恋愛映画だけど、どちらかと言うと依存関係。恋愛映画的なのは『窮鼠』ですよ。僕は間違いなく今年のナンバーワン。あんな映画、世界的に見ても今までにないんじゃないか。LGBTQでもない。そこがおもしろいところ。大倉忠義演じる大伴はヘテロですよね。でも今ヶ瀬(成田凌)に愛撫されたら不覚にも反応してしまった、という(笑)」
田辺「『自分はそうじゃない』と抵抗をすることも頭をよぎるけど、身体を貪られて、今ヶ瀬に流れていく」
斉藤「彼にのめり込んで、なんとなく愛情も湧いてきて。でも今ヶ瀬が自分の家から出て行っちゃったとき、ゲイバーに行っちゃう。あそこからの内容は水城せとなの漫画原作にはなくてオリジナルの話になるんだけど、そこからが行定映画らしい地獄の展開になるよね」
春岡「あのくだりがすごく良かった。結局、なじめずに出てきてしまって『つらい、つらい。悲しい』って感じで。大倉の芝居が素晴らしかった」
田辺「大伴を取り囲む女性陣も打算的で良いですよね。夏生(さとうほなみ)は呑んだあと、酔っ払ったノリを演じて、大伴の家に入り込もうとする。『もう、何やってんのよ』とか本当に白々しいんだけど、さらに上手(うわて)なのが今ヶ瀬で、『ありがとうございます』と部屋から出てくる。あのカットが見事。狭い廊下の空間のなかで感情の交錯を完璧な形で映し出している。大伴に対して、みんなが女性目線で『え?女の私の方に来ないの? 相手は男だよ?』みたいな考え方があって、それが重すぎることなく描かれている」
斉藤「あの話のオチは言ってみれば大伴が、『どうせ何があっても今ヶ瀬は俺のもとに帰ってくるだろうな』という雰囲気を匂わせながら、今ヶ瀬の止まり木にひとりで止まって幸せそうにしていること。そんなとき、今ヶ瀬は別の男に抱かれて泣いているんだから。ものすごーく酷い話なんだよ(笑)」
春岡「ただ、やはり映画の画として大倉忠義、成田凌というきれいな男ふたりの絡み合いは見惚れたね。あの美しいベッドシーンは、今後、ネットフリックスなんかで世界配信されたとき、誰もが『美しい』となるんじゃないか」
斉藤「っていうかさ、Lmaga.jpのインタビューにも載せたんだけど、途中でネコとタチが逆転するところがあるやん? なぜ変わるのかという意味を案外分からない人が多いのよね。前半は大伴はヘテロなんだから、欲情しようがないやん? そのあと、やっと恋愛に目覚める。だからタチになる。インタビューを読んで『やっと理解しました』という声があった」
(編集部注:ネコはセックスで受け身側、タチはその攻め手側)
春岡「あれが終わった後の翌日の朝、裸で台所まで歩いて行ったりとか、あの自然な感じがまた良かった。ちょっとガニ股になるんだけど、イヤらしくはないんだよね。こうなっちゃうんだね、と。成田凌の今ヶ瀬も、「満足、満足。ついにやっちゃったし」みたいな顔してね。何年か越しでずっと想っていたからさ。あの成田の芝居はお見事」
田辺「大伴、今ヶ瀬、夏生の食事のシーンも、頼んだビールの銘柄が同じかどうかでマウントを取り合うとか。そういう些細な競争こそ、恋する心情ですよね」
斉藤「僕はどのベストテン投票でもトップは『窮鼠』にしてるんですけどね。ただ、メジャー系も良いものが多くて、その筆頭は『罪の声』かな」
春岡「面白いんだけど、最後の最後がちょっと弱い。詳しくは言えないけどさ、事件の首謀者はキレ者であるにも関わらず、事件に関わったある家族だけは助けようとしたけど逃しきれなかった。『俺はやることはやった』と言うと、小栗旬が『お前のそんな甘い計画のために、あの子はこういう生活を送ったんだぞ』って。そこが甘い。『あんたに思想があったことは分かるが、結局はこういうことじゃないか』という風に、論が向かっていくようになっている。結局、上手くいってないことを体制的に見て、『そうだよね』と言わせるようになっている。あれが惜しいんだよな」
斉藤「それは確かに甘いっちゃあ甘いんだけど、しゃべるごとに首謀者の自己弁護になっていくのも面白いんだよね。だけど、もうひとりいるやん。そんなの覆すような、ものすごいキャスティングが」
田辺「ミルクマンさんがインタビュー記事を書いていらっしゃった、あの人ですよね。子どもの頃、事件に勝手に巻き込まれて、それを引きずりながら地獄のような生活を送っていた様は、あの人じゃないとあらわせない」
斉藤「うん。TOHOシネマズの大きなスクリーンで彼が全部を持っていく映画って、初めてじゃないか。みんなにとって、いつかどこかで見た顔の人だと思うのよ。そんな役者がついにここまできた」
田辺「『罪の声』のような題材って大友啓史監督あたりにまわってきそうな企画じゃないですか。土井裕泰監督と聞いて『イメージになかった』と思ったんですけど、観てみたら実に見事。小栗旬、星野源が同時に事件をリサーチする構成なんかも、ぎりぎりのラインでスリムに見やすくして、ちゃんと話にのめりこませていく」
斉藤「分かる、分かる。テクニック的にもすごくうまい。脚色にあたっては原作からだいぶ時系列を変えていて、中盤で小栗、星野のバディものになってくんですよね。原作にはそういう部分はないから、映画としてエンタテインメント性が増している。証言で話がつながっていくところは大林宣彦監督の『理由』みたいだし」
春岡「その証言者たちも土井監督の映画史みたい。証言者のひとりが劇団☆新感線の橋本じゅんで、彼が務める割烹料理屋の女将が宮下順子。これがまた、頭の良いずるい女ですごいのよ。『余計なこと言っちゃダメよ』とか言いながら、裏で橋本じゅんが口を滑らせているところとか」
斉藤「土井監督は我々と同世代だから、彼の映画史みたいなところもあるよね。日活ロマンポルノ世代。趣味じゃなければ出さないような人ばっかり出しているんだよね」
春岡「二ノ宮隆太郎は、今年の助演男優賞級」田辺「メジャー系だったら、『とんかつDJアゲ太郎』が抜群でした。二宮健監督の代表作。この話って、北村匠海演じるアゲ太郎をはじめとする登場人物たちの『存在証明』がお題。みんなそれを探していて、若者たちは家業を継ぐことと自分自身のあり方について悩む。この継ぐってのがそもそもDJが曲を繋いでいく作業に引っかけていますけど。イベントをやっているクラブに入るにも、身分証明が必要。自分は何者であるかを探しまわっていく。実に丁寧な映画でした」
斉藤「そもそも原作の設定がバカといえばバカでしょ。たとえば福田雄一ならそこんとこバカを増幅するように作るんだろうけど、ニノケンは「バカはバカだし、どうせそこは残るからちゃんと作ったほうが面白くなる」って設計を立てたのが成功の要因やね。DJの師匠になる伊勢谷くんが最高でさ。で、そんな彼がアゲ太郎君に伝授するのがレア・グルーヴ」」
田辺「Juicy&Crispyというユニットの伝説のトラックが登場するんですけど、制作しているのがShingo Suzukiなんですよね。ほかにもジャスティスの『D.A.N.C.E.』とか流れる。伊藤健太郎はカリスマ実業家兼トラックメイカーで、iPadを使ってプレイするスタイルでEDM系。逆にアゲ太郎は老舗トンカツ屋育ちなのでアナログってことで、師匠直伝のレコードでプレイする。『このキャラクターなららこういう選曲をする』というマッチングが完璧」
斉藤「北村匠海を初めて良いと思った。今年は結構活躍したけど、どれも『アゲ太郎』には及ばない感じ。女性陣では山本舞香が目を引いた」
春岡「僕は彼女の友人役の清水くるみの方が好みだったな(笑)。伊藤は似合いの役柄で良くて、伊勢谷はもっとカッコよくてもいいのにと思ったけど師匠役が似合ってた。あと、アゲ太郎の母親役がさりげなく片岡礼子だったのも良かったな(笑)」
斉藤「「うんうん! 今、こんなこと言うといろいろ言われそうだけど、脇役まで女性の趣味がいいんだよね。映画監督ハワード・ホークスみたいに(笑)」」
田辺「僕は原作やアニメ化を同じく、トンカツを揚げている音とクラブミュージックのミックス、サンプリングがより立体的になっているのが良かったです」
春岡「それは映画音響的におもしろいところだね。北村匠海が出ていると言えば、『アンダードッグ』も良かった。主役の森山未來が必死になっていたじゃん、脇がみんな良いから。俺がびっくりしたのは、デリヘルの店長役の二ノ宮隆太郎だよ。今年の助演男優賞級。『お嬢ちゃん』(2019年)の監督なんだよな」
田辺「僕は逆に、今年の助演男優賞は勝地涼のセコンド役をつとめたロバートの山本博。この映画の何が良いかって、試合シーンでセコンドをちゃんと映しているところなんですよね。セコンド同士の舌戦とか。そういうものも引っくるめて、ボクサーは多くのものを背負っているという」
斉藤「そこは僕は二ノ宮くんに一票入れたいね。正直、あの映画で一番良かったのは彼だと思う」
春岡「勝地の役も良いよ。父親が芸能界の大物で金持ちの坊々。自分は芸能界でお笑い芸人をやっているんだけど心がすごく空虚なんだよな。仲間に対してもヘラヘラと笑っているだけ。逆に仲間は、勝地の部屋でパーティーばかりしていて『お前の居場所なんてどうでも良いんだよ』って。でも、ボクシングを真剣にやってみたらおもしろかった。いざ試合になってみたら、楽勝で森山未來が勝つはずだったのに最後まで粘る。あのキャラクターは抜群だった」
斉藤「この映画、前編・後編の二部構成になってるんだけど、圧倒的に前編のほうが面白いんよね。後編は二ノ宮くんのほうがすごくて。そもそもボクシング映画のクリシェからさほど外れた作品やないからね」
田辺「山本は勝地のセコンドに付いて、最初は「何でお前みたいな芸能人の面倒を見なきゃダメなんだ」って感じだけど、徐々に肩入れしていてお前に勝たしてやるからなって。そして磨く技が・・・」
春岡「アッパーなんだよな。『お前のアッパーは本物だ』って」
田辺 『あしたのジョー』かよって(笑)! あと二ノ宮隆太郎の名前が出ましたけど、『お嬢ちゃん』の主演の萩原みのりも絶妙のポジションで芝居をしている。最近は萩原みのりの快進撃が目立ちますね」
斉藤「いや、もう萩原ちゃん出てくるだけで嬉しくなるよ。僕はダメだったけど『佐々木、イン・マイ・マイン』とか、今年公開になるけど素晴らしい『街の上で』『花束みたいな恋をした』とかね」
田辺「『眠る虫』は『映画を観ている』という実感に満たされた」斉藤「スポーツを扱った映画なら、『のぼる小寺さん』も外せない。主演している元モーニング娘。の工藤遥がすごかったけど、古厩智之監督は若い力を引き出すのが天才的に上手い」
春岡「あの小寺さんというのがどういう人かよく分からないんだけど、周りの人たちが、登る小寺さんを見て、初めは『あれ、なに』って気になるだけだったのが次第に憧れに変わっていくのが伝わってくる。空気感みたいなものなんだけど、うまいよな」
斉藤「あれはキャスティングの勝利なんですよね。表情の変化をちゃんと捉えて、長回しを恐れずじーっくり見せる」
春岡「小寺さんが荷物を届けるために学校の壁を登るところなんて、抜群だった。『危ないからやめろ』と後で先生に言われたりするけどさ」
斉藤「野球が題材で、地味だったけど素晴らしいのが『アルプススタンドのはしの方』。グラウンドを一切撮らない、という意味で演劇的ではあるんだけど、見ている分にはそれほど思わない。観客席が充分ドラマティックだからね。試合経過も全部伝わるし」
田辺「アルプススタンドの生徒たちとグラウンドで闘う野球部員の恋愛関係も暴かれていくという。ミルクマン斉藤さんが言うように確かに地味。ただ着眼点の良さが印象的でした。城定監督はピンク映画も手がけていますが、同じくピンクも撮っている、いまおかしんじ監督の『れいこいるか』が傑作でした!」
斉藤「いやぁ、見事だったね。夫婦のある種の年代記。『れいこいるか』というタイトルがダブルミーニングになっていて、監督らしいやさしさがある作品。でも全部、裏面が痛い。しかも関西ローカルのキャストがほとんどを占めていて。そして、ピンク映画では全然ないんだけど、根底にはちゃんとセックスがある」
田辺「あの序盤のセックスシーンがあまりに辛い。『痛い。痛い』ってやつ。すべての根底が阪神淡路大震災にあり、どこまでいってもメチャクチャ悲しいんだけど、でも奥さんの方は結局そんなに変わらない。ずっと男が好きでね。お互いに気づいていることがあっても、忘れている風でいたり。東日本大震災への繋げ方も『そうきたか』と」
斉藤「『れいこいるか』では音楽を担当した、下社敦郎監督の『東京の恋人』も素晴らしいよ。ホンマに惜春の映画。昔、映研で一緒だった二人が30歳を超えてからもう一回神奈川の沖波浦で再会する。東京がほとんど出てこないのよ。で、再会してから二晩、セックスしまくって別れる話。明らかにロマンポルノを意識している」
春岡「昔、ちょいとワケありだったけれども、分別がつく歳になったときに会っちゃったってやつね」
斉藤「恋人に会う前に、昔の先輩と会ったりしてさ。そいつがまた、かつては賞を取ったりしていたけど、今はどうしようもないヤツになっていて(笑)。AV女優さんだけど川上奈々美は演技がこれほど素晴らしけりゃこれからどんどん使われると思うなぁ」
田辺「金子由里奈監督の『眠る虫』は、個人的には今年もっとも驚愕した1本。まさに音の映画ですね」
斉藤「タイトルシーンにホーフマンスタールの全集とかちょいと映るんだけど、一夜の幻想みたいなね。ちょっと内田百閒とかあんな感じがする。続々と傑作を生み続けているMOOSIC LAB(音楽と映画を掛け合わせるプロジェクト)の出品作でもあるんだけど、音と映像を結びつけたという意味ではすごいレベルかな。主人公が現れない時間を延々と音だけで高めていくスゴ技!」
田辺「挿入歌も含めて音のバランスが絶妙でしたよね。あと、ひとつひとつのショットもいちいち素晴らしい。バス車内を固定カメラでずっと撮り続けたり、暗闇にポツンと止まる引きの車体の画だったり。家のレイアウトとか。言葉、台詞を全部映像と時間の経過で表現していて、『映画を観ている』という実感に満たされる」
斉藤斉藤「しかも映画についての映画なんだよね。記憶と記録」
春岡「まさに本広克行監督の『ビューティフルドリーマー』みたいだな。撮れなかった映画の再映画化。あれも良かったよ。押井守へのオマージュどころじゃない、『ビューティフルドリーマー』そのもの」
斉藤「本広さんにしてはだいぶ実験作。リメイクじゃないんだけど押井作品を観ていなかったらよく分からないんじゃないか、という疑念は残るけど(笑)。主演の監督役を演じる小川紗良自身が、映画監督でもあり女優でもあるというメタ構造の核にもなってるしね。あと、すごいインディーズで言うと和歌山の田辺・弁慶映画祭で2019年にグランプリを獲った『おろかもの』も、今年のベストテンに入る出来」
田辺「笠松七海、村田唯が劇中で結ぶ関係性は笑いましたよ。あと、どちらも表情の芝居がうまい。何より沼田真隆の脚本がおもしろい」
斉藤「主演の笠松七海ってちょっと江口のりこと重なる風貌なんだけど、微妙な表情を操るすごい演技なんだよね。結構間近の兄の愛人と共闘関係になるんだけど、全編サスペンスフルなのにずっと笑えて、しかも最後にはとてつもない爽快感を与えてくれる」
春岡「彼に対しては、褒め言葉としての木偶の坊」田辺「あと、『映像研には手を出すな』が僕は好きです。乃木坂46の齋藤飛鳥、山下美月、梅澤美波のキャラクターへの没頭度がすさまじい。漫画的な演技とか言っている人がいるみたいだけど、そんなことないですよね」
斉藤「全然、そんなことはない。ちゃんと落とし込んでいる。だってあまりデフォルメしてへんやん、あの3人は」
田辺「ロボット研究同好会との共同作業で、ロボット作りについてどこまでリアリティを求めるかという話も良い。庵野秀明監督の“シン・ゴジラ論”みたいなものですよね。巨体を支えて前に歩くには、どういう造形にするべきかとか、もう一本の足代わりになる太い尻尾が必要であるみたいな。あと何より音響部の存在ですよね。ドキュメンタリー映画を除けば、音響制作者にスポットあてた日本の劇映画はあまり見当たらない」
斉藤「音響部には、先輩がためにためた音のサンプルがいっぱいある。リールが山ほどある。その貴重さに気づいた映研が、自分たちの部室に全部引越しさせる。アジトみたいな地下室でずっと作業しているんだよな(笑)」
田辺「で、音圧がすごすぎて、地下室から地響きが聞こえてくるという。演じた桜田ひよりは注目の役者のひとりですね」
斉藤「沖田修一監督の『おらおらでひとりいぐも』は観た? 」
田辺「沖田監督の一つの集大成でしたね。老人の寂しさをあんなに楽しく描けるなんて、びっくりですよ」
斉藤「山崎努の『モリのいる場所』(2018年)の延長線上みたいなもの。原作もおもしろいんだけど、悲しみをあんな表現にはしてない。あれがやっぱり大きいな。主演の田中裕子が圧倒的。今年の主演女優賞は間違いないかな」
春岡「白石和彌監督の『ひとよ』(2019年)もそうだったけど、田中裕子みたいな怪物はいないよ。あと図書館で受付をしている鷲尾真知子がいい味を出してるじゃない。田中裕子に太極拳を勧めたりするけどダメで、それでも粘り強く勧めたら最後に『行ってみようかな』というやりとり。田中裕子を説得できるのは、鷲尾真知子くらい。女優同士のバチバチではないんだけど、そりゃ見応えあるよな。だって、宮藤官九郎、濱田岳、青木崇高の三人が寄って集って田中裕子に立ち向かっても、田中裕子は『なんすか? それ』って感じなんだからさ」
田辺「東出昌大の、食堂シーンで一人称の『おら、おら』を連発するところも見事。飯をがつがつ食いながら、そんな自己主張、あるかよっていう(笑)。でも東出がやると妙に素朴に見えたりもするし、すべて成立するんですよね。映画の画になる。あらためて、東出昌大は映画的な俳優であると感じました」
斉藤「東出くんは何を観ても良くってね。同じく蒼井優と共演した『スパイの妻』も含めて。あの映画は、蒼井優、高橋一生がいわゆるオペラティックな演技をしていれば良いわけであって、現実に引き戻す人間を東出くんがすべてやっている。蒼井優を相手にそんなことができるなんて大したものだよ、やっぱり」
春岡「東出はうまくない。下手なんだけどさ、それが良いんだよ。いつも言ってるけど、褒め言葉としての木偶の坊(でくのぼう)。皮肉でもなんでもなく、スターの証だよ」
斉藤「そうそう。田辺くんがこの鼎談の記事をまとめて書いているけどさ、多分気を使って『東出は木偶の坊』ってコメントは毎回削っているよな(笑)。でも、木偶の坊が良いのよ。かつての松竹映画の俳優っぽい。佐野周二、佐田啓二とかさ。あと昔の三浦友和。相米慎二監督の『台風クラブ』(1985年)に出てから上手くなっちゃったけど。昔のハリウッドならロック・ハドソンみたいな」
田辺「はい、一応気を使って消してますね(笑)。でも確かにロック・ハドソンは分かります。日本で昭和の七三分けが一番似合うのも東出昌大、軍服が似合うのも東出昌大。体がデカくて見栄えするし、独特のカタさがまた良い。『おらおら』の蒼井優との食卓の周りを追っかけっこするところとか」
斉藤「ただね、『スパイの妻』は画が薄いのが難点。8Kが合ってへん。陰影の人やん、黒沢清監督って。白さの陰りとかさ。NHK BSのスペシャルドラマが元々だけあって、明晰すぎてもうひとつ薄い。撮影なども全然下手ではないんだけどやっぱ質感が黒沢映画のキモではあって、その点で不満はすごくある」
春岡「アングルも良いんだけど、でも黒沢組の撮影・芦澤明子さんならそのあたりがまた違って見えたんだろうなってのはあるね」
斉藤「映画で、瀬田なつきは今のところハズレなし」斉藤「撮影でいえば、瀬田なつきの『ジオラマボーイ・パノラマガール』。映画の運動性をやっぱり捉えられる監督やねえ」
田辺「『ジオラマボーイ・パノラマガール』も僕のナンバーワン候補。オープニングからキャメラがずっと右から左に動く。瀬田なつきはそもそも運動と移動の監督。男性主人公の鈴木仁が坂道を自転車でこいで、周りが挫折して自転車を降りる。そして、自分の未来の話が始まる。その横を電動自転車の女性が軽々と追い抜いていく。そして一緒に並走する電車。人、物、街の全部が上下左右に動く。アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』(2018年)ですよ、まるで」
斉藤「瀬田なつき監督はアマチュア時代の短編も含めて、ミュージカルではないけれども、ミュージカル構造とも言える人間の運動性が魅力だから」
田辺「未来に進む様を前進移動で表して、身長が伸びたかどうかというエピソードも織り込んで、山田杏奈が、母親役の大塚寧々に『あんた1センチ伸びたわね』とか言われたり。背丈も運動であるし。その後、ヒロインの初体験などの成長話につながってくる。鼻血をめぐる変化とか、細かいこともやっていてね」
斉藤「主演の山田杏奈、鈴木仁ももちろん良いんだけど、滝沢エリカがすごかったよな。鈴木仁が好きになる女性」
田辺「滝沢エリカはまさに運動の象徴。歩いているときもクルッと回ったりして、面倒臭い男性の誘いを飄々と交わしたりしてね。運動で言えば鈴木仁が、最初はスケボーに乗れないけれど、練習をしていって乗れるようになるところとか」
斉藤「岡崎京子の原作っていくつかあるけど、現代ってところに一番落とし込めていた。それこそオザケン(小沢健二)の曲、大瀧詠一の『A LONG VACAITION』、村上春樹の本とか。どれも、今でも通用するカルチャーを出している。いやぁ、映画では瀬田なつきは今のところハズレなしだね」
春岡「そろそろ2020年下半期のベストスリーなんだけど、1番は『窮鼠はチーズの夢を見る』で確定か。俺は『アンダードッグ』も3本のなかに加えたいが」
田辺「『窮鼠』は間違いないでしょう。あと二宮健監督の『とんかつDJアゲ太郎』を入れてあげたい。彼は、日本映画の新たな希望です」
斉藤「分かる、『とんかつDJアゲ太郎』はベスト3にしてあげたい。でも『ジオラマボーイ・パノラマガール』も捨てがたい。『東京の恋人』と『アルプススタンドのはしの方』も3番目には引っ掛けたいが」
田辺「『窮鼠はチーズの夢を見る』、『とんかつDJアゲ太郎』は確定でしょうか」
春岡「それに加えて、僕は『アンダードッグ』押しだな」
斉藤「僕は『眠る虫』。金子由里奈監督の今後の作品も楽しみ」
田辺「僕は『ジオラマボーイ・パノラマガール』です、最後の1本はそれぞれ全く違いましたね!」
(Lmaga.jp)
