少年事件と私刑の今を問う『許された子どもたち』・・・「処罰感情が、加害者をより凶悪に」

実際の事件をモチーフとした『先生を流産させる会』(2012年)で衝撃的な長編デビューを飾った、特別支援学校(旧養護学校)で教員として勤務していた経験もある内藤瑛亮監督。その後の作品でも鬼才の片鱗をうかがわせてきたが、6月1日から順次公開される新作『許された子どもたち』は、いよいよ著名な映画賞やベストテンの上位に食い込みそうな気配が漂っている。

同級生を殺しながらも、少年審判で無罪に相当する「不処分」を言い渡された少年。しかし、そんな彼に世間はSNSはもちろん、家族へも激しいバッシングを食らわせる。さまざまな少年事件から着想を得て、「あなたの子どもが人を殺したら、どうしますか?」と問いかける同作。自主映画として8年間かけて挑んだ作品について、内藤監督に深く踏み込んで話を訊いた。

取材・文/田辺ユウキ

「誰しもが加害者家族になり得ますし、そう思って生きなければ」

──短編『牛乳王子』(2008年)から12年。ついに内藤監督のキャリアを代表する傑作が生まれましたね。

自分としても代表作が完成したと感じています。初長編『先生を流産させる会』以降の8年間、思い悩んだことが反映されています。あの作品の公開時、あるご批判を受けました。モデルとなった実際の事件では犯人が少年だったにも関わらず、少女に変更した点です。「男性の罪を女性に擦りつけたミソジニストだ」というご批判がありました。

編集部注:ミソジニスト(女性、もしくは女らしさを嫌悪する人)、ミソジニー(女性や女らしさを嫌悪すること、女性嫌悪といった意)

──映画のなかでは女子生徒たちが先生を流産させるためにいろいろ仕掛けますが、元になった事件は男子生徒が給食に異物を混入させたんですよね。

「男性の罪を女性に擦りつける」と受け取られるとは想像もしておらず、また実際の犯人の少年たちの暴力性を、男性である僕が描かなかったことは確かに問題で、反省しました。

当時はミソジニーという言葉も知らず、それに関する文献を読むようになり、現在も勉強しています。そのなかに「女性嫌悪に陥る男性は男らしさに囚われ、男らしさによって自分自身を苦しめている」という指摘がありました。

──それはどういうことでしょうか。

本作にも反映しているのですが、男らしさに囚われた男は、弱い自分を受け入れられず、強い自分を演じようとするんです。そのときに女性や社会的弱者を傷つけたとしても、強い自分を獲得することが優先されてしまいます。

──つまりそれが、主人公の少年・絆星(きら)とその仲間であると。

絆星はもともといじめの被害者だった。でもそんな弱い自分を許せず、否定するためにいじめる側にまわり、強い自分を演じるようになる。加害者少年グループは男らしく演じることを嬉々としておこなう。そして女性蔑視的な言動をする。

序盤、案山子(かかし)を破壊する場面があるじゃないですか。最初に壊すのは女性を模した案山子なんです。そのほかにも、それを示唆するところがあります。

──『先生を流産させる会』から連なってきた内藤監督自身の経験が今作にあらわれているのですね。

絆星はのちに、弱い自分を受け入れてくれる少女・桃子と出会います。ただ、彼女との関係を進めることは、弱い自分を認めることになる。だから彼は躊躇するのです。

「母親に責任を擦りつける社会の圧力があると考えています」

──そんな絆星が気持ちを委ねるもうひとりの相手が母親です。ただ、この母親は絆星への愛情が過度で、彼への守衛的本能がすごい。鑑賞者は彼女を憎らしく思うはず。

絆星の母親は息子の無実を妄信しています。ただ、親ならば世界中を敵に回しても、子どもの味方でいたいという心理はある。あと、誰しもが加害者家族になり得ますし、そう思って生きなければいけません。

加害者家族=特殊と考えることは、自分の家族に起こり得る不幸から目を逸らし、加害者少年の贖罪や更生の支え手となる家族を不当に傷つけ、不寛容を助長することになります。

──本作でも、どうしてもそういう先入観で母親を観てしまいますね。

加害者家族支援をおこなうNPO法人「WorldOpenHeart」の阿部恭子理事長によると、現代の非行少年の家庭は、いわゆる普通の家庭であることが多いそうです。貧困や虐待といった分かりやすい不幸が見当たらず、少年を凶行に駆り立てた背景が不透明なんです。

──たしかに絆星ももともとは不自由のない家庭で育っています。それに家庭内では親思いのかわいらしい息子。母親からしたら「こんなに良い子が人を殺すわけがない」となるはず。

臨床教育学博士・岡本茂樹さんが著書『いい子に育てると犯罪者になります』で解説されていたのですが、親の前で良い子を演じて蓄積した負の感情は、犯罪という形によって噴出することがあります。でも親は、子どもの良い面しか知らないから、信じられない。自分の子どもが加害者であることを受け入れられなくなる。

──たしかに、絆星の母親は何があっても受け入れません。

子どもが過ちを犯してしまったら、受け入れることが大切です。それは決して甘やかしではない。また、しつけは母親がするものという古い家族観が、この社会に縛られていることも問題。本作の母親が過剰な行動をしてしまう背景には、母親に責任を擦りつける社会の圧力があると考えています。

──たとえば親子でカラオケのシーン。思春期にも関わらず親とにこやかにデュエットする絆星が、暴力性を備えているとは想像できませんよね。しかもそこで歌われているのが『キミに会いにいく』というピースフルな曲です。ちなみにどこかで聴いたような歌詞とメロディなので既存曲かと思ったら、内藤監督が作詞したオリジナル曲なんですよね。

岡本真夜さんの『Tomorrow』や内田有紀さんの『幸せになりたい』を参照して作りました。あとは西野カナさんとか。「詩的な暗喩はなく、思ったことをそのまま詞にする」「とにかく前向き」が作詞のテーマです。

──映画におけるカラオケシーンは、その人物の心情や願望を表現するものとしてよく描かれます。

そうですね。富田克也監督の『国道20号線』(2007年)のカラオケ場面の影響もあります。主人公の同棲女性が安室奈美恵の『CAN YOU CELEBRATE?』を歌います。結婚を求めながらも、それが叶わない状況の痛々しさが露わになっていましたよね。

あと、川崎中一殺害事件の加害者家族がカラオケ好きだった、ということもあります。また、これは恋愛の歌なので、それを母子が歌うことで近親相姦的な気味の悪さを意図しました。

「非行少年にとって教育こそが重要な罰なのでは」

──あと、話そのものが抜群におもしろい。「法で裁けないなら私刑で」というネット上の書き込みが登場しますが、それが物語に重要な意味をもたらします。過激なバッシングに熱狂する大衆、それに苦しむ加害者家族、その狭間で葛藤する被害者家族が描かれています。

ただ、過剰なバッシングは被害者の救済には繋がりませんし、加害者を贖罪から遠ざけることになる。絆星役の上村侑くんと母役・黒岩よしさんによると、バッシングが過激化した場面を演じていると、被害者の顔が浮かばなくなったそうです。

──演じながら、そういうメンタルに陥ったわけですね。

攻撃から身を守ることにしか意識が向かなくなる、と。本作の加害者とその家族も罪と向き合うことをやめてしまう。当然本人の責任もありますが、嬉々として私刑をおこなった者たちのせいでもあるはず。そして、自己満足的な処罰感情が加害者をより凶悪なモンスターに育てていく。

──たとえば炎上案件における特定や晒しなど、「私刑」は定番化していますよね。そして、それはもう止められない風潮になっている。悪いことをした人に対する処罰感情は誰にでもありますが・・・。

本作でも事件に直接関係ない者たちが処罰感情に駆られて、加害者やその家族を激しく糾弾する。社会正義という大義名分があるから、彼らは自身を肯定し、より過激化します。処罰感情にもまた中毒性がある。

ですが、被害者の立場を利用して、処罰感情を発散することは、独りよがりな自己満足に過ぎません。僕自身も、本作を企画したモチベーションは怒りでした。少年事件における加害者が十分な罰を受けていないんじゃないかという怒り。でもいろんな文献を調べていると、それが表面的だったことに気づきました。

──何が表面的だったのでしょうか。

たとえば少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満に引きさげる問題。大人と同じ刑法を受けると、65パーセントが起訴猶予で終わるんです。35パーセントは裁判所へ送致されるけど、ほとんどが罰金や科料で終わる。刑務所に入ったとしても内省は求められず、刑務作業を淡々とこなしていればいい。

──なるほど。

少年法は全件送致主義。すべての少年が家庭裁判所に送致されます。そこでは少年が非行行為をした背景が調べられ、少年の矯正処遇では教育的な働きかけがあり、内省を求められる。

再犯率は成人受刑者より少年の方がはるかに低い。刑務所勤務の方に聞いた話ですが、少年院と刑務所の両方に入ったことがある人は、『少年院の方が反省を求められるから、刑務所よりきつい』と言ったそうです。非行少年にとって教育こそが重要な罰なのではないでしょうか。

──教育こそが罰というのは盲点でした。

実情をよく知らないまま、厳罰化した方がいい=少年法の適用年齢を引きさげろ、と考えている方も少なくないはず。でも安易に決めつけをしないで、調べていくことが大事です。この映画がそういう動きのきっかけになってほしいです。

(Lmaga.jp)

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