水谷豊監督、第2作は「轢き逃げ」がテーマ「やっぱり人間の心情に一番興味があります」

2017年に、映画監督としての第一歩を踏み出した水谷豊。確かな手応えを感じつつ、続けて意欲的に取り組んだ第2作『轢き逃げ-最高の最悪の日-』が、5月10日から公開された。轢き逃げという日常に潜む衝撃的な事件を題材に、人間の底知れぬ心情をあぶり出していく。映画監督・水谷豊の真骨頂とも言うべき注目作だ。

取材/春岡勇二 写真/本郷淳三

「なにか事件があると、よく社会や時代が悪いと」(水谷監督)

──2017年、『TAP-THE LAST SHOW-』で映画監督デビューされたわけですが、監督になられて、映画に対する考え方などに変化はありましたか?

基本的にはないんですが、ただ監督をやってみて、監督というのはその作品に関して「越権行為」というものがないんだってことが分かりました。俳優ももちろんいろいろ考えるわけですが、監督は作品全体のことを考えて、全スタッフと対等に付き合えるんです。それが僕にはとても楽しい。それはやってみて分かりました。

──作品のことを考えるのが楽しくてしょうがないって感じですね。

そうですね。今回の作品では脚本も書いているんですが、企画は前作の『TAP』の公開キャンペーンの時期に起こして、すぐに脚本書きに取り掛かったんです。ですから、脚本を書いたのは2017年で、撮影はその翌年。で、こうして観てもらえるのが2019年と、ここまで2年掛かっているんですが、その間ずっと作品のことを考えていられるのがうれしいんです。

──前作から2年経っているとはいえ、仕事としては、前作から間断なく取り掛かられたのですね。

ええ。今66歳ですが、できれば60代のうちに映画を3本は撮りたいと思っているので。

──よく「舞台(演劇)は俳優のもの、映画は監督のもの」と言いますが、水谷監督もそのようにお考えですか?

作り上げるまでは、監督は責任者ですからね。もし、あまりいいものが出来なかったら、それは監督の責任です。でも、もしいいものが出来たなら、それはスタッフ全員の力ですよね。越権行為がないとはいえ、監督はどの部署にも口を出せる。監督ひとりではなにもできません。だから、いい作品はスタッフ全員のものです。ただ、作品ができあがったら、あとは観てくださった人のものではないでしょうか。観てくださった方がどのようにも判断されたらいい。僕はそう思います。

──『TAP』は、監督が40年間抱き続けておられた構想をついに具現化された作品だったわけですが、今回の『轢き逃げ-最高の最悪な日-』もやはり、ずいぶん前から構想されていた作品だったのでしょうか?

いや、それが違うんです。前作のキャンペーンをしているときに、次はどうしましょうかとプロデューサーのみなさんと話していて、そのとき「今度は水谷監督のサスペンスが観たいですね」という声があったんです。もともと僕には嫌いなジャンルというものがないので、そういってもらえるなら、サスペンスもいいなと思ったんです。

──ただ、映画を観れば分かりますが、謎解きのミステリーや恐怖が迫るスリラーといった、いわゆるサスペンスものにありがちな要素を主題とした作品ではないです。描かれるのは犯罪を犯した者の心理であり、かけがえないものを失った者の悲しみであり、軋んでいく関係といった、ともかく人間の心情ですね。

そうですね。やっぱりそこに一番興味がありますから。なにか事件があると、よく社会や時代が悪いとか言うじゃないですか。でも、ホントはそういったもののせいにはできないですよね。なぜなら社会も時代も作ったのは人間ですからね。では、なぜそんな社会や時代を作ってしまったのかということになる。だから、人間が一番面白い。

──サスペンスを撮ろうということで、すぐにこの「轢き逃げ」という衝撃的な題材を想起されたのですか。実は、初めて「轢き逃げ」という題名を聞いたときには、成瀬巳喜男監督の同名作品(1966年、こちらは『ひき逃げ』)のリメイクかと思いました。

ありますね。高峰秀子さんや司葉子さんが出ておられた。僕はオリジナルしか考えていませんでした。サスペンスということで、最初に思ったのは「嫉妬」をテーマにしようということだったんです。「嫉妬」というのはネガティブな感情なんだけれども、ときには物事をやり遂げる強いモチベーションになったりもする。この2つに分かれるところが面白いなと思って。それで「嫉妬」をテーマにしたストーリーをどう展開させようかと考えているときに、ふと思いついたのが「轢き逃げ」を題材にしたものだったんです。そこからはもう、大変とか苦しいとか思うこともなく、速いペースで書き上げました。どうして「轢き逃げ」を思いついたのか、順調に書けたのか。今となっては分からないんです。気がついたら「轢き逃げ」になっていたっていう感じなんです。

──それを人は「才能」と呼ぶのじゃないでしょうか(笑)。

いやいや。もう一度やってくれと言われても、できませんからね(笑)。ただ、僕の心のなかに引っかかっていた、テーマがあったのではないかと思います。

「神戸はやっぱり絵になる場所が多い」(水谷監督)

──物語の舞台は神倉市という架空の町ですが、実際には神戸でロケがおこなわれていて、画面を見てもそれとわかります。神戸で撮影されたのはどうしてですか?

神戸には若い頃から来ていて、けっこう馴染みがあったんです。19歳のとき、兵庫・六甲山で羊を抱いて写真を撮る、なんて仕事もしてましたし(笑)。妹尾河童さんの原作の映画化で、僕も出演した『少年H』(2013年)も神戸が舞台でしたから、最近の土地勘もありました。神戸はやっぱり絵になる場所が多いです。

──主演のおふたり、主人公の青年を演じられた中山麻聖さんとその親友役の石田法嗣さんはオーディションで選ばれたとのことですが、彼らを選んだ決め手はなんだったのでしょう?

今回、ありがたいことに450人を越す応募をいただいて、まずプロデューサーサイドで絞り込んでいき、残った方に今度はビデオで撮影して、それを観て決めさせてもらいました。つまり、僕はオーディションをしている間は、どなたとも直接お会いしていないんです。というのは、僕も俳優ですから、俳優同士独特の「情」のようなものに囚われるのを避けたかったので。おふたりに演じてもらった役は、表に出ている部分だけでなく、裏にも個性、キャラクターを必要とする役でしたから、それに相応しい人を選ぼうというのはありました。そこで2人を選んだ決め手はなんだったのかというと、これはもう直感です。この2人ならやってくれるだろうという。

──それが間違っていなかったことは映画を観ればわかります。今回、若い俳優さんたちがとても生き生きと演じられています。もうひとり、刑事を演じた毎熊克哉さんも印象的です。

毎熊くんも面白かったですね。彼は推薦する人が多く、こちらからオファーしました。彼のお芝居は、彼が演じる前に、僕がまず演じて見せたのですが、それを観て「そこまでやっていいんですか」って笑うんです。次に自分がやるんですけどね(笑)。彼の役柄は、作品全体のちょっとした息抜き的な、いわばコメディ・リリーフ的なところなので、実はけっこう難しい役なのですが、彼は懸命にやってくれました。

──そんな若い俳優さんたちの周りを、岸部一徳さんらベテランの方が固められて、とてもいいバランスだったと思います。個人的には檀ふみさんのお芝居に心動かされました。

檀さんとは、若い頃に一緒にお仕事したことがあって、今回、プロデューサーから、檀さんが出演者の候補に挙がっていると聞いて、檀さんとなら一緒にこの作品の世界に入っていけると確信したんです。なので、檀さんの役については、もう第二候補を考えるのをやめました。ぜひとも演じてもらいたかったので。

──仏壇の前で、それまで堪えていた感情が堰を切ったようにあふれ出るシーン、良かったです。あと、ラストシーンの檀さんのお芝居も、いろいろと解釈することができるなと思いました。

そうですね。観てくださった人が、それぞれに解釈してもらえればいいと思います。

──あと、シーンとして印象的だったのは、監督が演じておられる被害者の父親と、石田さん演じる青年が、もつれあってアパートの2階から落ちるシーン。それを目撃しながら、なにもリアクションしない周囲の人たちを、きちんと捉えているのに驚きました。

そう言ってくださる方も多いのですが、でも、そもそもああいう状況では、あのような感じになるものだと思うんです。それをそのままやっただけですよ。

──そういうことを踏まえてですが、今回、空撮のカットから始まって、檀さんと小林涼子さんが出ているラストシーンは、2人が高台のカフェテラスから町を見おろすようになっています。つまり俯瞰のカットなのですが、監督は人間とか人間の営みとかを冷静に見つめておられることの表れかなと思いました。

僕が俯瞰が好きなんですよ(笑)。なぜ、と言われると分からないけど、カメラマンの会田正裕さんは『TAP』も撮ってもらっているので僕の俯瞰好きを知っていて。だから、なにも言わなくてもそう撮ってくれるんです。ただ、結局はあの上から観る視点というのは、僕ら作り手の視点ではなく、観てくださったお客さまの視点になるわけですから。そう観て欲しいというのが、どこかにあるのかもしれません。

──60代のうちに撮られるもう1本の作品も楽しみにしています。

ありがとうございます。

(Lmaga.jp)

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