イカれた長編処女作が話題、鬼才・片山慎三監督に訊く

「慎三、君はなんてイカれた映画監督なんだ!」(ポン・ジュノ)、「処女作としては百点満点を付与する」(香川照之)、「目を背けたく、吐き気を催すほど悲痛な傑作喜劇」(菊地成孔)など、公式サイトに綴られた賛辞の数々。地方都市の暗部に切り込み、障がいをもつ兄妹が生きるために売春に手を染めていく。その姿を通して、家族の本質を問うた片山慎三監督の初長編監督作品『岬の兄妹』。凄惨な現実を喜劇的に描いた本作について、映画評論家・ミルクマン斉藤が話を訊いた。

取材/ミルクマン斉藤

「無意識にこういう題材を選んだのかも」(片山監督)

──僕はポン・ジュノ監督とは何回もお会いしているし、現存する監督のなかでは天才と呼べる数少ないひとりだと思っています。

いい人ですよね。僕は、ポン・ジュノ監督のオムニバス映画『TOKYO!』(2008年)と『母なる証明』(2009年)で助監督をやりました。

──作品を観る前にそれを知ってしまったので、多少バイアスがかかってしまったとは思うのですが、今回の『岬の兄妹』と『母なる証明』には共通性を感じました。どちらも自閉症のキャラクターがメインですし、家族愛の話でもある。さらにいえば、タブーともいえる展開も共通してますし、「こういう題材を扱ってもいいんだ」といった覚悟のようものが受け継がれたのかな、と。

ああ、そうですねぇ。そこまで意識はしていないですけど、無意識のうちにこういう題材を選んだのかも知れないです。

──しかも社会派的な陰々滅々としたアプローチでなく、はっきりとコメディであるという点がやはり大きいと思うんです。

そこは意識的にやりました。普通にやったら暗い話なんで、観ている人がしんどくなるなと思って。それでキャスティングも、妹・真理子役には和田光沙さん、兄・良夫役には松浦祐也さんと、コメディもできる俳優にしたんですね。

──2人が演技達者なのは、僕らはほかの映画でも知っていますが、どちらかというと見た目からシリアスじゃない感じの俳優さんですもんね(笑)。

そうですね(笑)。

──劇中では、カップ焼きそばのお湯だとか、セックスの代価が海鮮丼だとか、細かな笑いがいっぱい散りばめられていますが、それはすでに脚本上に?

そういうキーになるアイテムは最初から脚本に書いてました。ティッシュ食べて「甘い」とか、「こびと、ちんちん大人」とか(笑)。2人はわりとアドリブが好きなので、結構入れてはいるんですけど。

──こびと役が中村祐太朗というのがまたいいですね。まあ、映画界には彼くらいしかいないかもだけど、素晴らしい俳優だし監督だし。中村さんとはお知り合いだったんですか?

いや、松浦さんの後輩かなんかで。紹介してもらったんですよ。物語のキーマンですからね。

──上手いといえば、やはりお客になるおじいさんも。あの人は、誰なんですか?

あの人はエキストラ会社に所属している人なんです。お芝居をずっとやってきたわけじゃなくて、定年で仕事を引退してから、エキストラをやってる一般の方ですね。ほかの客も、トラックの運転手はアニメのプロデューサーですし、2人目はこの映画のスタッフです。

──そういえば監督は、アニメーションにも関わっていらっしゃるそうで。

そうです。2015~2016年頃から脚本書いたりとか。もともとアニメーションの方にも興味があって、その傍らでこの映画を撮っていたみたいな。トラックの運転手はアニメーション『シックスハートプリンセス』(村上隆の企画・原案・監督による2016年作品)のプロデューサーで。回想シーンでブランコの子どもが出てくるじゃないですか。あの子はその人の娘さんなんです。

──それ、スゴいですね(笑)。

やっぱり誰も出演してくれないんですよ。こういうシーンは絶対に無理だって言われて(笑)。中園大雅さんっていうんですけど、「じゃあ、奥さんに聞いてみるわ」って。奥さんがOKだったんで、それで出ていただきました。

──あのシーンは重要ですもんねぇ。

重要です。あの子どもがいなかったら、その後の真理子が成立しませんもんね。

──良夫と真理子の2人は、「KYスタイル」って名乗って売春を始めますよね。それって何なんですか?

「空気読めない」ですね(笑)。ティッシュに広告を入れる内職するじゃないですか。あれ「KYタクシー」なんですよ。たぶん良夫だったら名前を考えるときに、詰めたティッシュの名前を安易に付けるんじゃないかなと思って。何にも考えないで。すべてが浅はかなんですよ、ホントにこの男は。だからそこがちょっとかわいいというか、母性本能くすぐるんですよね。

──そういうところもあって、得意客が結構集まることになる(笑)。

そうです、そうです。それは僕も思います。最低のことをしているんだけど、あまりそうは見えない。

──妹が妊娠したと分かったら、こびとに「結婚してくれ」とお願いしに行くとか。

もう、本当に短絡的ですよね。

──そういうちょっと間抜けたキャラクターが監督はお好きなんですね。

ええ、好きですね(笑)。

「ポン監督の画力とリズムは参考にしてます」(片山監督)

──この映画を撮られる以前、助監督以外で自分で撮影したり監督した短編というのはないんですか?

BSスカパーの連続ドラマ『アカギ』のなかの1本は撮りました。それと日本工学院という大学の学生と作った、青森にある太宰治の記念館「斜陽館」で上映される5分くらいのアニメーションですね。

──そこに行ったら観られるんですね?

そうです。その前に実写で長編を撮ろうとした企画があって。桜庭一樹さんの原作で40分くらいのパイロット版を作ったんですよ。それを持っていって原作権を押さえようと思ったんですけれど、上手くいかなくて。で、ダメだからオリジナルでやろうとなって、それでこれを。

──それは『岬の兄妹』とはリンクしてないんですか?

いや、もうリンクはしてます。でも今回の映画は、花村萬月さんの『守宮薄緑』(1999年)という短編集、そのなかの『崩漏』という一篇が昔から好きで。そんな話をしたいなと思ったんですね。

──でも、萬月さんならタッチがかなり違うでしょう?

そうですね。それに似たような脚本を書いていたんですけれど、あまり気に入らなくて。で、いろいろ話をしていくなかで松浦さんをキャスティングして。で、兄妹の設定の方が面白いなとなって妹役の和田さんをオーディションして、脚本を書き直して撮影をした感じですね。

──この兄妹なんですけど、天涯孤独なわけですよね。

そこはぼかしているんですけど、お母さんは死んじゃって。だからお兄ちゃんが帰ってきたという設定にしたくて。でもお母さんが死んだということは言わせたくないなと。妹のことを思って。そこは気を遣って「遠くに行っちゃったんだよ」と。やさしい奴だから。

──片足を引きずっている理由も明確には分からないですね。まぁ、造船所で働いているから。

あれはもともと子どもの頃から足が悪くて。子どもって夢見るじゃないですか。夢を見て走ったりするのは、良夫が子どもの頃からしたかったことなんですよね。

──そういうイメージなんですか。なるほど、なるほど。

あそこは音楽にすごく迷って。子どもの声の作文みたいなのでもいいかと思ったんですよね。子どもの頃の良夫が読んでるような。

──そうなると、もっともっとポエティックになったかも知れませんが。

それもイヤだったんで。

──いつの時代のか分からない妙なテクノ(笑)。音楽のセンス、最高ですよね。

音楽は高位妃楊子さんっていう方で。東京芸大の作曲科を卒業したばかりだったんですよ。アニメの仕事でご一緒させてもらって。だけど、それはボツになったんですよ。でも僕自身はその曲が好きだったんで、高位さんにちょっとお願いしてみようかと思って。全部で9曲ぐらい作ってもらったんですけど、すごく頑張ってくれました。

──全部タッチが違うじゃないですか。いきなりピアソラ的なタンゴで始まりながら、変なテクノもあり(笑)、最後はピアノで終わる。

そうなんですよ。ある程度は「こういう曲にしてください」ってリクエストして。で、それに合わせて作曲してくれる。いろんな引き出しがあるんで。

──「これは、売れっ子音楽家になるぞ」って感じが僕はしたんですけど。

いやぁ、売れっ子になって欲しいですね。

──そういうところが、こういう題材なのにも関わらず格好いいんですよね。特に画面作り。素晴らしくポエティックなシーンがいくつかあって。恐ろしいほど美しい空が何カ所も出てきたり。横移動でキャメラが疾走していくと、街並みが昼間から急に夕景になるようなトリッキーなシーンもあったりして。

そういうところは頑張って意識的にやりましたね。

──造船所の人間が良夫に「もう1回帰ってきてくれ」って言ってくるところで、浜辺をキャメラがぐ~~~っと引いていくじゃないですか。キャメラだけが後ろ向きに疾走していくという。ああいう表現はあるようでない、というか誰もしない(笑)。

そうですよね、うん。あれはカメラマンと相談して決めました。カメラマンが「引きで見ると結構面白いですよ」と言って。で、「引いていきますか」って(笑)。

──やっぱり運動性がありますからね。そこから最後の疾走に繋がるような感じがあるので計算されているなぁと。

視覚的に見せたかったんで。この映画はセリフで進行させるのは良くないと思ったんですね。だから画で説明するというか、画で見せていく映画にしようかなって。

──片山監督が助監督として関わられたポン・ジュノ監督も山下敦弘監督も、説明過多に物語を進めるタイプではないですしね。テーマさえセリフで説明するんじゃなくて、シチュエーションと画だけで匂わせていくタイプ。だからやっぱり、そういうイズムみたいなものを感じますね。

ポン監督の画力とリズムは参考にしてますね。そう、リズムは結構大切。

「この映画にとってどうかっていうこと」(片山監督)

──悲惨な物語なのに、なぜこれほど爽やかで明るいのかっていうのは、やはりドライヴ感がすごくあるからだと思うんですよ。特に中盤、売春を始めるあたりからエンジンがかかっていきますね。こういうユニークな題材で1本目を作ってしまうということ自体、冒険的だと思うんですけど。もうこれでやっちゃえ、って感じだったんですか?

逆に1本目だから、絶対にもう2度とやらないようなことをやろうかな。って感じですかね。

──妙にちっちゃくまとまったものなんか作りたくないって感じでしょ? そんな新人なんて面白くもなんともないですもんね。

そうなんですよ。だから思いっきりやった方がいいかなと思って、今あまりやらないことをやろうかなと。

──まあ、いつの時代もやりにくいみたいなことになってますが(笑)。小説だったらまだそこそこクリエイティヴィティに自由がある気がするけど、映画は難しくなっていく一方ですもんね。だからポン・ジュノさんの、フライヤーやサイトで読めるコメントはまさにスゴいエールで。ちょっと感動的です。

ありがたいですねえ、本当に。

──特にポン監督は「ラストシーンが大好きだ」と言ってらっしゃいますけど。あのラストの電話のことはよく訊かれますでしょう?

ええ。誰からの電話なのかって、すごく訊かれます。僕は「観た人に委ねます」みたいな感じなんですけど・・・(ここで監督は解題してくれるが、あえてカットします)。

──じゃぁ、僕の理解と同じです(笑)。

普通に観れば・・・というか、ちゃんと観ればあれなんですけど、なかなか(苦笑)。

──意図的にあれで終わらせてるんでしょうし、「観客に委ねます」が正解なんでしょうけどね。

そうです。観たあといろいろ話してもらうのがいいかな、と思った。

──ひと繋ぎのなかで見ていると、「売春」という悪行が悪行とは言い切れないところがあるわけで。みんな一応「悪」と言ってるだけのことで、もっと正直になろうよというか、当たり前じゃないかってところに結構深い思いがみなぎっている。この兄妹に対してだけじゃなくて、すべての人間に対して監督の目線は案外あたたかい気がします。

そうでもないですけどね。そう受け止めてくれるなら、そういうことにしておきましょう(笑)。

──僕はそれほどシニカルでないというか・・・今村昌平的な、虫ケラを見るような目じゃないと思うんですよ。こういう題材で笑わせようとすると、客観的で動物学的な映画になりがちなんですけど、そうではない。例えば妹・真理子が売春行為から妊娠すると「結婚してくれ」と頼む。でもそんなのするわけがない。それって当たり前のことだよねっていう。じゃあ、産むか産まないか。良夫はコンクリートを叩きつけて流産させようとする。ある種、選択肢のなくなった人間の情ですよね。

う~ん、そうですよね。結婚するわけがない・・・確かに。産むか、産まないかですごく悩んだんですけど、やっぱり産むわけないよなっていう思いの方が勝っちゃいました。

──ドラマとしては、産むという選択肢のアリなんでしょうけど。

松浦さんは子どもが生まれたばっかりだったんで、「もう、産んだ方がいいんじゃないか。やっぱり子どもってさ、どういう状況のなかでも幸せなもんだよ」って言ってましたけど。確かにそれは分かるんですけどね。2人にとってどうかっていうのと、この映画にとってどうかっていうことですよね。

(Lmaga.jp)

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