最新作「孤狼の血」が大ヒット、若き名匠・白石和彌監督を徹底解剖(2)

初長編作品『凶悪』(2013年)で一躍その名を轟かせ、今では日本映画界に無くてはならない存在となった映画監督・白石和彌。そんな若き名匠を迎え、白石作品を熱烈に支持してやまない映画評論家3人が、大阪のお好み焼き屋で酩酊トークを展開。最新作である『孤狼の血』を中心に、白石和彌という屈指の映画人に迫る第2弾をお届け。 ※ネタバレ多数につき、未見の方は鑑賞後にお読みください

「細かい積み重ねが、こういう映画ではすごく重要」(白石和彌)

田辺「小谷組の若頭・一之瀬(江口洋介)の乗り込みのシーンとか、格好良かったですよね」

斉藤「あれは最高やったね。原作には1行もないのに」

春岡「久しぶりに『絵』になるシーンだったよね」

白石「やっぱり、『ロストパラダイス・イン・トーキョー』からずっとお願いしているんですけど、今村力さんという美術監督の『映画的嗅覚』が半端なくて。あの『やっちゃれ会』という、絶妙な名前の催しも原作には1行もないんだけど(笑)」

春岡「『やっちゃれ会』という名前がいいよね(笑)」

白石「『やっちゃれ会』なら、『普通だと日舞とかそういう感じ?』とか言って。じゃあ、それで探そうとか言ってたんだけど、直前になって『地元で太鼓叩けるような人を探そう』って。で、見つけてきたんですよ。そして、いざ叩いてもらったら、すげえ興奮しちゃって。その瞬間、俺もいろいろ勘が働くんですけど、『これ、まるっと全部撮ろう!』と。台本に1行もないことを、延々2時間くらい撮って」

春岡「映画的教養なんだよね」

白石「ああいう瞬間を生み出すんですよ、映画って。祭りなんだ、これは。と思って」

春岡「太鼓叩いてる女の人がさらしを巻いて、あの下品ギリギリのところが良かったよな」

斉藤「地方の有力者たちが集まる、その名も『やっちゃれ会』だといかにもありそうな(笑)」

春岡「あと、日岡(松坂桃李)が桃子(阿部純子)と偶然出会うコインランドリーで、後ろの本棚に『ワイルド7』(望月三起也作)が並んでるんだよね。映画が昭和63年という設定だけに、そのあたりも芸が細かいよね(笑)」

白石「並べましたよ、そこは(笑)」

斉藤「役所さんがエロ本を燃やして放火するシーンでも(官能劇画の第一人者である)ケン月影に火をつける、とかさ(笑)」

白石「あのエロ本も全部許可もらってやってるんですけど、もうどのページにするかすげえ時間をかけて。役所さんに、『このページがいいんです』とか何度も言って、『もう、どこでも良くない?』、『いえいえ』って。そういうところだけすごい粘るという(笑)」

春岡「映画って、ディテールが大事なんだよなぁ。で、必ずそういうのに反応する俺らみたいなバカがいるから(笑)」

白石「そういう細かい積み重ねが、こういう映画ってすごく重要なので」

春岡「映画なんてものは、そういうところを観るもんだから」

白石「そうですよ!(ギレルモ)デル・トロが愛されるのも、そういう奴だからですよ」

※ギレルモ・デル・トロ:日本の漫画や特撮などに影響を受けた世界的な映画監督、映画『シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー賞・監督賞を受賞

斉藤「そう、その通り。ディテールにこそすべてが宿るもので」

春岡「俺、最初の完成披露試写会から半年ぶりぐらいに2回目見たんだけど、最初の段階で気は付いてたんだけど、大上(役所広司)が日岡(松坂桃李)と最後に飲んでて、『じゃあ、ここで逮捕するか?』って。あれ、いいなと思ってさ」

白石「ようやく俺を逮捕できる奴が現れたってね」

斉藤「もう大上はすべてを分かってるわけやからね」

春岡「あれで逮捕されなかったんで、もうしょうがねえな、死んじゃうかもしれないけど、行くしかないなと。『孤狼の血』について書くんだったら、このシーンについても書かないとダメだよ」

斉藤「あそこで、狼が継承するんだよね。僕も春岡さんと同じで、このあいだ2回目観た時、冒頭のタイトルシーンで日岡が見るスライドのなかに、ヤクザたちに混じって大上(役所広司)の写真が1枚挟まってるんよね」

白石「あれ、おかしくねえかってね(笑)」

斉藤「初見でなにも知らないと、そのヘンさが分からないわけ。でも、2回目観ると、『あ、大上(役所広司)が入ってる』って。奴は内部に居るのに警察にマークされてる存在なんだと」

白石「そうなんですよね。ブラックリストに載っている奴なんだなって」

斉藤「これはリピーター出るなって思った。この映画って2回、3回観ても面白いから」

春岡「実際、そういう発見があるわけだから。いい映画っていろいろあるんだけど、久しぶりにそういう楽しみ方ができる映画だよね」

白石「あらあら、それはうれしいですね」

田辺「それにしても白石監督って、長編デビュー作『ロストパラダイス・イン・トーキョー』を撮ったのが30歳半ばくらいだから、今の映画界でいうと遅咲きですよね」

白石「僕の同い年監督って、結構いっぱいいるんですよ。まず熊切和嘉監督、李相日監督、そのうち西川美和監督が出てきて。それと比べたら、完全に遅れてきたデビューですね」

田辺「『ロスパラ』の2009年って、今言った監督たちは第一線に出てましたもんね」

白石「しかも、みんな結構傑作を撮ってたりして」

斉藤「だって、助監督やってないもんね、その人たちは」

田辺「西川さんがちょっとやってたくらいですよね」

白石「俺から言わしたら、そんなの助監督じゃねえっていう」

春岡「厳密に言えばね(笑)。熊切監督が同い年でいて、そのすぐ下に山下敦弘監督、呉美保監督、深川栄洋監督らがいて。今の日本映画を支えているのが、40代半ばの人たちが多いから」

斉藤「間違いなくそうですね」

白石「ちょっと挑発したいんですよ、俺は。日本の同業者を」

「パンドラの箱を開けちゃったから、元に戻れないですよ」(白石和彌)

田辺「毎回、インタビューではそれ言ってますよね(笑)」

白石「もちろん、世の中も挑発したいんですけど、同業者を挑発しないと」

田辺「一番挑発したい人は誰なんですか(笑)」

白石「誰とは言わないですけど」

斉藤「そんなんいっぱいいるよね。数え上げたらキリがない。まずは東映でしょ?」

白石「でも、東映はパンドラの箱を開けちゃったから、元に戻れないですよ。その覚悟があって『孤狼の血』を作ったんでしょ、という」

春岡「だいたい東映って、パンドラの箱を開けまくって進んできた会社なのに、なにお利口さんになってんだよって。なに守りに入ってんだよって。オープニングの三角形のロゴマーク(正式名称は荒磯に波)の意味、分かってるのかよって」

斉藤「そもそも今回は、一番波の威力があった古いバージョンを持ってきてますよね。それだけで、こりゃやる気やなって」

白石「僕が助監督をやってた頃はむしろVシネマ全盛で、ちょっと落ち目になってきた時代ですけど、あの頃はこういうフィルム・ノワールとかヤクザものとか、よく作られていたじゃないですか。まだシェア(市場)があったんですよね。今、無くなった、無くなったって言うんだけど、あのVシネマの文化で言うと、毎回毎回、粗製乱造になり過ぎてて、今も辛うじてやってるけど、1000万円で1本撮るみたいな、そんな適当に作ったら客は離れるよって話なんですよ。だからちゃんと作れば、観たい人は絶対観るんだから」

春岡「三池崇史監督とかもそういうところでやってて、それで面白いなって俺たちも観てて、役者さんにもそういう映画が好きで出演するという人がいっぱいいたんだよ」

斉藤「『シャブ極道』や『しのいだれ』もVシネマがスタートでしたもん」

白石「そうですよ」

田辺「これとか、松坂桃李が出てるなら、観ないといけないって来る人はいますからね」

白石「そう。それで衝撃を受けて映画館を後にするわけですけど(笑)」

斉藤「彼にとって『孤狼の血』は、今後を左右する作品になるんじゃないかなあ」

白石「三浦大輔監督の『娼年』(松坂桃李が主演)もすごかったですよ」

斉藤「去年の助演男優賞、なぜ『彼女がその名を知らない鳥たち』の桃李くんが獲りまくらなかったのか不思議でね。むしろ松坂桃李しかいなかったやろ?って」

春岡「今、クズ男やらせると抜群だよなぁ。本人も好きだよ、ああいう役」

白石「役者冥利に尽きる役ですよ、全部」

斉藤「『孤狼の血』なんか、最後の30分は彼のオンステージだもんね。あそこで観客も真っ赤に燃えるわけやし」

田辺「大上の死体が見つかるシーンで、ひとり歩いて行くじゃないですか。あそこから完全に変わるんですよね」

斉藤「カメラも後ろを追っていくやん、バーって」

田辺「で、周りが松坂くんを見るんですよ。あのシーンで、物語の中心になるって分かるから」

白石「あそこのシーンは、ちゃんと死体を絶対見せるって思ってました」

斉藤「正解ですよねえ」

白石「スタッフもみんな『見たくないです』って言ってたんですけど、『いやいや、俺だって見たくないけど、これは絶対に見せないとダメだ』って」

田辺「刺し傷までちゃんと見せて、さらに拷問シーンまで入れてますよね」

斉藤「拷問死した、というのも原作にはないんですよね。でも、あれがないと日岡の怒りが燃え上がらない」

白石「見たくないものを見ちゃった方が、その後の跳ね方も変わるんです」

春岡「それをバイオレンスとか言うのは、それは全然違うんだよ。バイオレンスでやってるわけではまったく無いわけで」

斉藤「あそこは泣かせどころやからね。完全に、狼が受け継がれましたということを証明するシーンやから」

春岡「ノートまで受け取っちゃったから、やるしかないと。それまでずっと『広大、広大』(日岡は広島大卒のエリートという設定)って呼ばれてるのがまたね」

白石「1回だけ『日岡』って呼ばれるんですけど、それまで『広大』って」

春岡「あれ、大事だよな。それは結局、映画でなにが面白がられているかちゃんと分かっているかどうかの問題なんだよ。役所広司が『逮捕するか?』って挑発してるけど、あれは実は、逮捕してもらえれば死ななくて済むのになって思いながらやってるわけで」

白石「大事なんですよね。でも、特別なことはしてないんですよ。セオリー通り、それをちょっとアレンジしてるだけですから。あと、大上が死んでから30分あるんですよね。そこで、真面目な日岡にバトンタッチするんですけど、それまで大上がやってることが超楽しいから、『どうすればいいんだよ、これ』って思いましたけど」

斉藤「でも、それがあっての『孤狼の血』でしょ。一匹狼の血が受け継がれるという」

白石「そうなんですよ、それが映画のテーマなんで。でも、そこかしこに大上の残り香を感じさせないといけない。桃子っていう阿部純子の役もそうだし、最後の最後まで大上にやられた!って思わせないといけないし。そういうのをどう作ろうかとは、一生懸命考えましたね」

(第3弾に続く)

(Lmaga.jp)

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