満島ひかり「生きていることがファンタジー」

夫の不実により狂乱へと堕ちていく妻・ミホを描いた傑作『死の棘』を世に放った島尾敏雄。同じく作家であった島尾ミホの小説をベースに映画化された『海辺の生と死』。太平洋戦争末期、奄美群島・加計呂麻島を舞台に、特攻艇の出撃命令をじりじりと待つ男と、ただ一緒にいたいと願う女の熾烈な恋の物語だ。主人公・トエを演じるのは、今や日本映画界になくてはならない女優・満島ひかり。圧倒的な生命力をたたえる島のなかで、激しくも儚い男女の出会いと恋を描いた本作について、満島ひかりに話を訊いた。

取材・文/ミルクマン斉藤 写真/渡邉一生

「白くて大きなイヌ神様のイメージ」(満島ひかり)

──実は僕、島尾ミホさんがお書きになったものがすごく好きで、とりわけ『海辺の生と死』は偏愛の書なんです。今回、満島さんがミホさんを演じられると聞いて、ぴったりじゃないかと。

「あぁ、良かったです。今回は、映画になることが決まってから(出演の)お話をいただいたというより、『やろうか?』みたいな感じで、越川さんとプロデューサーさんと一緒に始めたんです」

──越川道夫監督とは、映画『夏の終り』(2013年)でプロデューサーと主演女優の間柄ですよね。

「そうです。どんな作品なんだろうと思って読んでみると、『これはっ!』というので、みんなで企画を立てて。たまたま、私の祖母も奄美大島出身で『ミホ』って名前なんです」

──え、そうなんですか!

「はい。それもあって『呼ばれたな』って」

──今回、ミホさんという実に稀有な実在の女性を演じられるにあたって、かなりリサーチされてから臨まれたんじゃないかと観て思いましたが(斉藤註:劇中では実在のミホにあたる役はトエ、敏雄にあたる役は朔中尉となっているが、インタビューでは終始、ミホと敏雄で進んだのでそのままにした)。

「本をいくつか読んだり、島尾夫妻の・・・敏雄さんミホさんそれぞれを知る方たちがどういうところを好きと言っているのか、とか、有名な『死の棘』についてはどんな感想を持っているのか、本人たちのことを調べるのと同時に、周りがどう思っているのかを内地でも島でも聞いてみて。みんなまったく違うことを言うのが面白かった。あとはとにかく、かつての奄美大島のこと、かつての加計呂麻島のこと、島の言葉や秘密のこと、唄や動植物、星や海、それから精霊たちのことを勉強していました」

──満島さん自身は奄美に住まれたことはないんですか?

「住んだことはないですけど、親戚は島にたくさんいるので何度も行っています。『1回戻っておいで~』って呼ばれた感じがしました」

──島の人に島尾夫婦のことを訊かれたってことですが、どんな話が出ました?

「なんだろうなぁ・・・みんなの記憶のほとんどが晩年のミホさんの姿で。敏雄さんが亡くなってからの、黒いドレスとベールを被って喪に服す格好で歩いているミホさんの話が多かった。撮影の前に加計呂麻島で泊まっていたら、『島尾ミホのこと解ったか?』と聞かれたので、『山から下りてきたイヌ神かと思いました』と答えたら、『おお、解ったじゃないか』って」

──それ、謎ですねぇ。

「謎なようで、ちっとも謎ではないというか。人間より『人間らしい動物さん』という感じがして。私にとって、島で暮らしていたころの彼女は、白くて大きなイヌ神様のイメージです」

──言ってみれば、自然界と人間界の交わったところに在るような感じというか。

「そんな気持ちでいました。なので『島尾ミホさんを演ずる』というよりは、『奄美の島と島尾ミホさんのふたつを演ずる』という気持ちでした。半分人、半分島、みたいな(笑)」

──花に語りかけるシーンなんかは、まさにその花とコンタクトしているような。

「ミホさんの暮らしていた『押角』という集落の言葉を話せる人がもうほとんどいなくて、ミホさんの息子・(島尾)伸三さんに台詞を全部、録音していただいたんです。美しい呪文のようで。あれ、すごく良いですよね?」

──語りと唄のあわいのような。

「お能とかで言う謡のような、それに近いですよね」

──なるほど。能もそうですもんね。精霊界と人間界のあわい、幽玄に在るものですから。

「愛の言葉を花に語りかけることによって、花から茎に伝わって、茎から根に伝わって、根から土に伝わって、土から水に伝わって、愛する人のいる入江まで言霊が届く。そんな気分がいいな、と思っていました」

「生きていることがファンタジーな気分」(満島ひかり)

──それがミホの、後の行動に繋がりますもんね。

「彼女が恋をすることによって、言葉ひとつ、自分の歩く風ひとつ、触るものひとつひとつが色づいていくんです。こんなパワーが自分に眠っていたんだと驚く中で、どんどん島を味方につけながら、敏雄さんに会いに行く。そういうイマジネーションをずっと持っていました。唄にもありますけど、島の自然を着物みたいにどんどんまとって、豪華絢爛になって彼の元に現れる。そんな女の美しさにのみ込まれそうになって、男はちょっと怖くなってくる」

──そうそう。

「そして、『ちょっと怖い』がだんだん恐ろしくなればなあと。彼らはやがて『死の棘』に続いていきますから、なんとなくその前兆が見えたらと思って。ただ単純に愛を捧げたいだけの女と、現実を見てしまう男・・・ふたりの戦争の気配が、なんとなく匂い立ってくる」

──彼女にはすでに、一種の狂気の芽が現れているという。その男女の対比でいくと、敏雄(劇中では朔中尉)を演じた永山絢斗さんが実にいいんですよ。島をまとった彼女に情熱的に迫られて、もちろん受け入れてはいるんだけどいささか退いてしまう、及び腰になってしまう様子が、彼のキャラクターも幸いしてうまく出ている。

「すごくうれしいけど、ちょっと待って、みたいな。絢斗くんの佇まいの良さですよね。葛藤とかもそのまんまでそこにいる感じがしました」

──この『海辺の生と死』の延長線上にある2人も観てみたいですね。今回、満島さんのルーツである奄美が舞台ですが、やっぱり島で撮ってると不思議なことが起こったりするんですか?

「たとえば『飛んでいる鳥を見て泣くトエ』っていうシーンでも、テストから本番まで同じタイミングで鳥が飛ぶんです。空を飛んでいる鳥が。そういうのは不思議でした」

──それは満島さんがやはり島に愛でられた女性というか、いわゆる「神女」の素質があるからじゃないですか? ミホさんも明らかにそうだったと思いますが。

「島に戻るとパワーが強くなります。いいことばかりでは無いですが(笑)。ミホさんの書いた『祭り裏』という本に『何でもかんでも古い風習ばっかりで嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ』って島の言葉で書いてあって、そういうことを書くんだなと驚きました。新しいものに憧れているだけではなかったでしょうけど、古いものに閉じこもろうとしているかつての島の人たちへの居心地の悪さも感じていたんだろうなと」

──ミホさんは早くに東京に出られてますしね。

「戦時中にハイヒールで加計呂麻島に帰ってきたそうですけど、相当イケイケですよね」

──『海辺の生と死』という原作もちょっと不思議でしょ? 現実のことを描いていて、エッセー風でさえあるのにファンタジーというか、幻想文学的なところがあって。

「おとぎ話ですね」

──この映画で描かれるようなひとつの事実を書いても、敏雄さんが書いたものと全然違うっていう。

「私が自分の故郷のことを書いても、近いものがあるかもしれない。ああいった、精霊たちに守られた世界で生きているミホさんの文章には、とても共鳴します。生きていることがファンタジーな気分にもよくなります。あと、その場で起きていることをお芝居仕立てに見ることも。踊りとか唄の文化が強い土地ってあるんですかね、そういうのが」

──踊りや歌って、一般的にはその行為そのものが自分を「ケ」から「ハレ」の状態に持っていく手段というか、装置ですよね。でも、踊りや歌が日常から渾然一体になっている土地だと、ハレに切り替わるスイッチはもっと緩いのかも知れませんね。

「それは思いました。島の子どもたちもそうで、なんかおかしいんですよ。自分の子どもの頃を見ている感じが本当にして。感性が似ているから、やりたいこととか言っていることがよく分かるんです」

──その場で起きていることを芝居仕立てに見たり、現実と物語の境がなくなったりするのは、たぶんミホ/敏雄もそうだったと思うんです、ふたりの書簡集を読んでも感じますが、敢えて作りあげていってますよね、2人だけの世界を。

「お芝居中にお芝居しているみたいな状況が、撮影中にいくつかあって変でした。途中、力が抜けてしまったりとか。なんかこの人たち、どこまでが本当なんだろうと。喋り方も会話も、神話の登場人物のようでちょっと面白くなってしまうこともあった」

──そうですね。ミホさんの文章の、独特の口語体からも推し量れるけど、実際に2人はどういう風に喋っていたんだろうかと。

「ミホさんの話し方は、アレクサンドル・ソクーロフさんが撮ったドキュメンタリー『ドルチェ 優しく』(1999年)で聞けましたが、唄のような口調で物語の登場人物のようでしたね、美しさと恐ろしさを感じました」

──そもそもがかなり音楽的な喋り方ですよね。抑揚が。

「実は、敏雄さんがラジオでお話ししている音源も聞いていて。それは(女優の)白石加代子さんが持っていたんですよ。白石さんが『死の棘』をラジオドラマで演じたことがあって」

──あー怖っ!! (笑)

「百物語のような(笑)。奄美での撮影の前にドラマ『ど根性ガエル』(2015年)のピョン吉(の声)をやっていて、白石さんと一緒だったんです。『次何やるの?』って訊かれたので、『島尾ミホさんのお話です』って答えたら『敏雄さんの喋ってらっしゃるのがあるかも』って。わざわざカセットテープを貸してくださって。あとは、奄美にある図書館で映像を見せてもらったりもしました。お2人とも、ドラマチックな存在ですよね」

(Lmaga.jp)

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