評論家3人が下半期・ベスト邦画を勝手に選定(前編)

邦画の大ヒットに湧いた2016年・下半期。そんななか、数々の映画メディアで活躍し、ウェブサイト・Lmaga.jpの映画ブレーンである評論家 ── 春岡勇二、ミルクマン斉藤、田辺ユウキの3人が大阪市内某所に再び集結。お題はもちろん、「ホントにおもしろかった映画はどれ?」。下半期に公開されたベスト邦画について、語ってもらった。

やっぱり天才だった山戸結希監督

──前回は、『リップヴァンウィンクルの花嫁』(岩井俊二監督)、『ディストラクション・ベイビーズ』(真里子哲也監督)、『ヒメアノ~ル』(吉田恵輔監督)の3本を上半期トップ3に選んだ映画座談会でしたが、今回のお題は7月から12月にかけて公開された邦画となります。

春岡「下半期の邦画は、全体的に面白い作品がすごく多かった」

田辺「そうですね。まあ、世間的には『君の名は。』(8月公開/新海誠監督)なんでしょうが」

斉藤「良くも悪くもちゃんと狙って、それだけのものを作っているという意味では今までの青臭い新海映画とは一線を画すとは思う。でも僕は彼の映画のセリフの臭さにムズムズする性質で、今回は流石に今までほどじゃなかったけど、RADWIMPSのトゥーマッチさとも相俟ってやっぱり苦手だった」

田辺「決して悪い意味ではないのですが、僕はまとめサイトとか、キュレーションサイトのような印象だった。なんていうか、おいしいキーワードを勢いよく並べているというか。ただ、ちゃんとマスに向けて作って、ちゃんと結果を残していることはスゴいこと」

春岡「そう、スゴイよ。ただ、昔からの新海ファンからしたら、言ってること違うやんとなるだろうけど」

──新海監督とはタイプは全然違いますが、若手注目監督と話題だった山戸結希監督の商業デビュー作『溺れるナイフ』(11月公開)はどうでしたか?

斉藤「あれは僕の、今年のベストワン!」

田辺「僕もベスト3には確実に入る。特に素晴らしいのが、登場人物によって編集のリズムが変わるところ。あの時間差が良くてね」

春岡「そう。絵と画角にもビックリしたけど、やっぱり編集のリズムがいい。あれは変拍子の編集ならではの面白さ」

斉藤「アヴァンタイトル(タイトルが出るまでのシークェンス)の流れが完璧だよね。小松菜奈にインタビューしたんだけどさ、彼女も繋がったのを観てびっくりしたってって言ってた」

──あのタイトルバックを観て、この映画は絶対に面白いと確信しましたね。

春岡「俺はあそこで鳥肌たったんだよ」

斉藤「あの時点で泣いちゃったからね。すげえなこいつと思って」

春岡「あれはすごいよな。菅田将暉と小松菜奈の2人は選ばれた者同士で、あのシーンでは言わないけれど、あれは約束された出会いで、そこでもう一生分の恋をしたのよ。で、その一瞬で一生分の恋が終わっちゃってんだよ。文学的にも完璧だったと思う。あと、菅田将暉の体重を感じさせない跳躍には驚かされた。映画の構図として、あれは天狗なんだよね。それは山戸監督が菅田に求めた芝居だけども、なかなか天狗を普通にできる役者なんていねえぜ。神がかってる」

斉藤「ディオニュソス的な意味合いでの恋愛というかさ、神話だよね。僕ら40代はどうしても中上健次を思い浮かべてしまうし、原作者のジョージ朝倉も、監督の山戸結希も明らかに意識してるわけでしょ。観たあとで原作読んだらもっと強いのよ、中上健次色が。こんなもん、よく『別冊フレンド』で連載してたなというぐらい(笑)」

※ディオニュソス:ギリシア神話に登場するの酒神、別名バッカス

※中上健次:紀州・熊野を舞台にした数々の小説を発表、その独特の土着的世界観は「紀州サーガ」と呼ばれた

春岡「熊野でなければ絶対成立しないというね。中上健次、火祭りときて、柳町光男監督の映画『火まつり』(1985年)をそのままやるのか?って思ったけど、エンドロールで脚本に山戸結希と井土紀州(脚本家・映画監督)とあって、ああ、なるほどなと。井土の熊野の話と山戸のセンスが見事に合致して、若者の全能感の充実と虚無を描いててさ。音楽の使い方も秀逸で、ここでこう来るかって」

田辺「僕はそういう意味で、『君の名は。』を思い出したんですね。音楽を使ってストーリーを語るというか。かなり有機的にできてる」

斉藤「でも、山戸結希は音楽で物語を語る、という方向性とは全然違うと思うけどね。映像の運動性が音と密接に結びついているだけで」

田辺「今までは音楽ありきで作ってましたからね」

斉藤「どうしても僕は、山戸って(ジャン=リュック・)ゴダールに近しいと思えて。今回なんかまだおとなしくて、今までの映画ってもうソニマージュの感覚でしょ。今回はむしろ、森での動きとか水たまりのサスペンス(笑)とかに、ゴダール的な即興性と遊戯性と躍動感を感じた」

※ジャン=リュック・ゴダール:フランスの映画運動・ヌーベルバーグの旗手で、アメリカン・ニューシネマなどにも影響を与えた映画監督

※ソニマージュ:ゴダールが確立した、音(フランス語でソン)+映像(イマージュ)の実験的手法

田辺「でも、山戸さんが憧れているのは大林宣彦監督ですよね」

春岡「ゴダールを大林流に撮ったら山戸になるって感じだから(笑)。でも、『溺れるナイフ』って、ちょっと遅れた思春期の話だけど、大林監督以上にバリバリ『性の匂い』を入れてるじゃん。そこは女性監督ならではの強さだよ。男女の話になったら、当然そこに行き着くわけだけど、山戸監督はそれをちゃんと描いている。『君の名は。』はそこを飛ばしてるからね、意識的だろうけど」

山戸流の演出に、小松菜奈もぞっこん?

──『溺れるナイフ』と違って、『君の名は。』は全国300館以上で上映されて、子どもも観るという大前提・戦略がありますからね。

春岡「草食男子だかなんだか知らないけど、その世代にも受けているということはやっぱり認めざる得ない事実だし、その戦略通りに作れてるのはスゴいことだよ」

斉藤「まあ、いまだにセックスにこだわりまくっている僕からしたら、その現状はちょっとなぁ。だから、山戸結希の生々しさはすごく好感がもてる」

田辺「性的なものをちゃんとやりつつ、わたしはメルヘンが好きなんですみたいなこともちゃんと出しているのが面白い」

春岡「メルヘンこそ性的だから。それこそ、今回の話は神話やん。神話では、男女のまぐわいがなければ、この世界は成り立たない。立派な哲学だよ」

斉藤「山戸結希をデビュー作からずっと観てると、ひょっとしたらこのヒト天才かもしれないとなんとなく感じてたのね。でも今回みたいにメジャーデビュー作でも自分の好きなように撮らせてもらって、とりわけ若年層に支持されて、きっちり結果を残したっていうのが一番スゴいことだと思うよ。それは、上半期に大絶賛した『ディストラクション・ベイビーズ』の真利子監督にも言えると思うけど」

【リンク】

田辺「おそらく最後は大林監督みたいに、全部自分でやるようになる映画作家になると思いますね」

春岡「それでいいと思う。それに応えられる役者だけ見つけてきたらいいだけで」

斉藤「でも、応えられない役者連れてきても、彼女は面白いのよ。たとえば重岡大毅(ジャニーズWEST)くんを連れてきたのは、彼女の意志か商売上の戦略か知らないけど、長回しシーンで台詞をトチってもそのまま使う。でも、場の勢いを残したほうが絶対そのキャラクターの味わいが出るという確固とした判断が働いてる」

春岡「そうそう。映画っちゅうのは、完璧でありゃいいってもんじゃないから。『君の名は。』の声をやってる上白石萌音もいいじゃん。最後に『コウちゃんにもう会わないで』って言う、あの目の強さ。目に一点だけ光当てて、この場面はこの演出、この照明っていう、明らかに意志的な目を作り出していて」

斉藤「ラストはあまりの青春っぷりに恥ずかしくなったという声も聞いたけど、とんでもない。惜春の感情が爆発して僕は決壊しました(笑)」

春岡「菅田と小松がバイクに2人乗りしてるんだけど、併走が下手でさ。それまでびっくりするぐらいキチッとした絵を撮れてるのに、なんなんだよって。でも、その疾走感が妙に気持ちいいんだよな、びっくりした」

斉藤「菜奈ちゃんによると、あれも即興みたい。セリフも決めてなくて、横に併走してる山戸結希があの2人に向かって台詞を大声で言ってそれをリピートするみたいな。『黄色-!』とか『赤ー!』とか(笑)。で、丁度トンネルに入ったところでなんだか感極まるのよ。そこのリズムが最高やったから、たぶん1回しか撮ってないんじゃないかな」

春岡「そのシーンももちろんなんだけどさ、全体的に編集のリズムの良さに驚いた。あれこそセンスだよ。映画って、実はなにやってもいいんだから」

斉藤「彼女は映画学校とかの出身じゃないからね。上智大で勝手に映研作ったという」

春岡「映画の基本を学んでないというのは、ゴダールと同じで素の強さだよね。おそらく、誰かになんか言われたら、理論武装してがんがん言い返してくるタイプなんだろうけど、でも、実はなんにも考えてなくて、センスだけで撮れていると思うよ」

田辺「山戸さんの作品からは、スタッフや出演者に関しても、その場限りの関係で終わってもいいというくらいの瞬間性を感じます。仲良くなろうなんて意識はまったくない。撮りたいものを撮る、まさに孤高の作家ですよ」

斉藤「でも、小松菜奈ちゃんの目の輝きと、撮影時を振り返って話すテンションの高さでは、山戸結希演出にぞっこんだったけどね(笑)」

ゴジラを壊した庵野&樋口の「シン・ゴジラ」

──総監督・脚本を庵野秀明、監督・特技監督を樋口真嗣がつとめた『シン・ゴジラ』(7月公開)はどうでしょうか?

田辺「いやぁ、ものすごく面白かった!」

春岡「あのゴジラを伊福部昭の音楽を使ってやるなんてさ」

斉藤「当時の奏者がミスしまくりのオリジナル音源を使っているのがいいよね」

春岡「これまでの東宝のゴジラを無かったことにしたよね。庵野監督がパンフレットに書いてたじゃん。オファーがきたとき、条件を出したって。これまでのゴジラを無かったことにしていいかと聞いたら、東宝サイドはそれをお願いしたいと。それで引き受けたって」

斉藤「その『無かったこと』ってのを何度もやろうとしてたんだよね、東宝は。でも、出来たためしがなかったから」

春岡「結局、東宝の息の掛かった監督ではこれまでダメだったという。庵野監督と樋口監督が組んで、これまでの東宝の都合のいいように解釈されていたゴジラを、『いや、ゴジラはこうでしょ!』と撮ったのが今回のゴジラであって。これまでの東宝のゴジラを壊しながらも、でも、昭和29年の第1作ゴジラに対するリスペクトに溢れている」

田辺「僕は、『10年先の日本を俺たちが考えるんだ』ってセリフに、庵野監督ってこんなに熱い人だったんだと感慨深かったですね」

斉藤「はっきり社会的な映画だよね。いわゆる社会派というのではなく、意識的にディスカッションを提起する政治映画にしてると思うよ」

春岡「映画のなかで、だよね。映画作家は映画のなかで、ドラマとして政治を語ればいいわけであって、それをやったのがいいんだよ。逆に映画より先に政治が来るのは美しくないけど」

田辺「なんか、東宝のプロデューサーが提案したプロットを全部、庵野監督らが覆していったらしいですよね。長谷川博己と石原さとみが実は元恋人だったって設定とか(笑)」

春岡「それは超くだらねぇなぁ(笑)、そんなんやってたまるかって話だよね」

田辺「僕、2回目の鑑賞をIMAX(アイマックス)で観たんですよ。あのでかいスクリーンで観ても、ゴジラの頭が切れてるっていうのが最高で。ホントに見上げてる感がある」

春岡「そうなんだよ。あれが今回の、最大のこだわりだよな。怪獣は下から撮らなきゃダメだっていう。あれをバカな特撮スタッフがゴジラを上から撮るようになって・・・。ゴジラは核の象徴で、人間の英知が及ばない破壊神なんだよ。それを神の視点、つまり上からゴジラを撮るなんてのは絶対ダメ。その基本というか、怪獣の存在意義をちゃんとわかってるかどうかってことなんだよ。それを庵野監督も樋口監督も分かってやってる」

斉藤「『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』の金子修介監督は、ちゃんとやってたけどね。あと、写真で出演していた岡本喜八監督(映画全盛期の東宝を代表する映画監督)。シネフィル(映画狂)なら分かる、映画『日本のいちばん長い日』(1967年)へのオマージュ。庵野監督は、岡本監督の大・大・大ファンだから(笑)」

春岡「『シン・ゴジラ』は、ゴジラの第1作と岡本喜八へのオマージュだよ。それとさ、庵野監督自身が言ってるけど、エヴァをやった後に燃え尽き症候群で、鬱に近い状態になって。で、映画をやめようかなって思ってるときに、ようやく燃える素材がきたっていう」

斉藤「終わったって、まだエヴァは終わってへんけどね(笑)」

春岡「終わってないけどさ。でも、爆破のシーンとか、世界最高レベルでしょ。逆にこれまでの東宝のゴジラ作った監督たちが、かわいそうになっちゃってさ。でも、庵野監督も樋口監督も、SF映画が好きで、怪獣映画が好きで、今自分たちが映画作家としてここにあるのはゴジラ第1作のおかげだって気持ちがありありと伝わってきて。それはやっぱ感動するじゃない。それでいて、あまりゴジラを知らない人が観ても充分に面白い。やっぱスゴイよ」

(Lmaga.jp)

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