藤本勝巳編 寡黙な4番打者の天覧アーチ 

「阪神・藤本勝巳」と言えばオールドファンなら「島倉千代子の旦那さん」というのが一般的。当時話題を独占した藤本氏だが、本紙評論家・小山正明氏は「そら天覧試合でのホームランやで」と熱く語る。今回の「猛虎豪傑列伝」では、1959年(昭和34年)の天覧試合で阪神の4番を張った藤本勝巳氏にスポットを当てます。

先発の僕の出来は散々…

 まさか島倉千代子さんと付き合っていて、結婚までするとは夢にも思わんかったなあ。僕が投手やったから、というのもあるんやけど、そんな話なんか聞いたこともなかった。これも口数が少ない方やったし…。以前に書いた渡辺省三さん、遠井のゴロー、そして三宅にこの藤本。みな寡黙な方やったねえ。

 彼が結婚した1963年(昭和38年)は、僕が大毎へトレードされた年やから、何か耳に入ってきていてもおかしくないんやけどね。ただ、何せもの言わんからな(苦笑)。しかも、単独行動する方やったから、野手も知らんかったと思う。

 一番思い出に残っとるのは、あの1959年(昭和34年)の天覧試合やなあ。最後の結末は知っての通りやけど、藤本が一時は逆転となる2ランを打ったんや。僕が先発で投げていて、1点リードの五回裏、5番の坂崎(一彦氏)に逆転2ランを食らった。その直後、藤本がガンちゃん(藤田元司氏=元巨人監督)から再逆転の2ランをレフトへ叩き込んだんやな。

 あれには跳び上がって喜んだもんや。あの試合、僕の出来はそら悪かった。確か、七回途中まで(6回1/3)投げて7本打たれて4失点やった。当時の僕にすれば、最悪の部類に近い。むちゃくちゃ打たれたというイメージがあるもんな。そうして逆転を食らった後やから、余計にあの藤本の一発はうれしかった。

左中間へ完ぺき

 当たりも左中間へ完ぺきやったなあ。ここぞという時に4番の真価を発揮したんやけど、相手の4番がそれ以上に凄かったから、最終的にはかすんでしもうた。しかし、僕には忘れられんね、あのホームランは。もう少し自分の調子がよければ、あの一発が決勝弾になっていたのにな。さしもの僕も耐えきれんかったわ(苦笑)。

 せっかくの機会やから余談を続けよか。天覧試合の先発を言われたのは、当時のカイザー田中監督やった。ハワイ生まれの日系二世とはいえ、天皇陛下の存在意義は重々承知で、僕に「陛下が来られるから、君、先発してくれないか?」とこうや。僕は「行きますよ」と比較的軽いノリやったんやが、亡くなった親父に「お前が陛下の前で野球をやるなんて、ワシは夢にも思わんかった」と喜ばれてなあ。

 あのとき、両軍選手に“恩賜”のたばこが一箱ずつ配られたんや。試合が終わって帰阪した後、それを持って実家に帰った。ちょうど親父が体調を崩して寝込んでたんで、元気を出さすためのいい土産になった。これも忘れられんよ。

 現役を引退した藤本はその後、大阪のミナミでスナックを経営していると聞いたが、達者なんやろうか。会って現役時代のことを聞いたとしても、おそらくしゃべらんやろう。当時と同じでな。

<天覧試合VTR>

 1959年6月25日、昭和天皇、皇后両陛下が、巨人‐ 阪神11戦(後楽園=ナイター)を、プロ野球史上初めて観戦された。試合は巨人・藤田、阪神・小山の両エースの先発で開始。三回表、阪神が小山の適時打で先制。五回裏、巨人が長嶋、坂崎の連続本塁打で逆転すると、六回表には阪神が三宅の適時打と藤本の本塁打で逆転。七回裏・巨人は王の本塁打(初のONアベック弾)で同点に追いつくと、九回裏、長嶋が村山からこの試合2本目の本塁打を放ち、サヨナラ勝ち。天皇・皇后両陛下も試合結果を見届けられた。

<天覧試合スタメン>

【阪 神】

6吉田 義男

4鎌田  実

5三宅 秀史

3藤本 勝巳

7大津  淳

9横山 光次

8並木 輝男

2山本 哲也

1小山 正明

………………

【巨 人】

7与那嶺 要

6広岡 達朗

8藤尾  茂

5長嶋 茂雄

9坂崎 一彦

3王  貞治

4土屋 正孝

2森  昌彦

1藤田 元司

〈WHO’S WHO〉

▽小山 正明(こやま・まさあき)1934年7月28日生まれ、75歳。兵庫県出身。高砂高から53年、阪神にテスト生として入団。62年には27勝を挙げ、優勝に貢献。64年、山内一弘との“世紀のトレード”で、東京(現ロッテ)に移籍。73年の大洋を最後に現役引退。最高勝率・最多奪三振・沢村賞(いずれも62年)、最多勝(64年)。通算856試合320勝(歴代3位)232敗、防御率2.45。01年、野球殿堂入り。現本紙評論家。

▽藤本 勝巳(ふじもと・かつみ=56~57年の登録名は克巳)1937年8月8日生まれ、72歳。和歌山県出身。現役時代は外野手、一塁手。南部高から56年、阪神に投手として入団するが、すぐに外野手に転向。本塁打王、打点王(いずれも60年)、ベストナイン2回(一塁手=59・61年)、67年現役引退。通算成績は1033試合2979打数756安打113本塁打420打点、打率.254。

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