「Gメン'75」の刑事はなぜ「あんパン」を食べなかったのか?出演者が語る伝説ドラマの美学、横並び映像は?
昭和を代表する刑事ドラマ「Gメン'75」(1975年5月~82年4月、全355話)は今なお、ネット配信、CS放送、DVDなどを通して幅広い世代のファンをつかんでいる。初期のレギュラーメンバーだった俳優の岡本富士太がこのほど、作家・映画監督の山本俊輔氏が企画した都内のトークイベントに参加し、同作で助監督を務めた佐藤武光氏と作品を振り返った。さらに、岡本は当サイトの取材に対して伝説ドラマの美学や裏話を語った。
同作は丹波哲郎が演じる警視庁の黒木警視をトップとする特別潜入捜査班「Gメン」の活躍を描く。タイトルは番組の開始年にちなみ、TBS系の毎週土曜夜9時から放送。岡本は「津坂刑事」として77年5月14日放送の第104話「77.5.14津坂刑事殉職」まで2年間出演した。
まず、「Gメン'75」の一般的なイメージといえば、刑事たちが横一列に並んで歩くオープニング映像だろう。初期のレギュラー出演者7人は、左から岡本、藤木悠、夏木陽介、丹波、藤田美保子、原田大二郎、倉田保昭の並びで、陽炎(かげろう)が揺れる滑走路のような場所を歩いていた。
岡本は「あの場所、よく『空港ですか?』と言われるんですが、違うんです。今のフジテレビのある、お台場。当時の埋め立て地なんです。そこにトラックが通る広い道路があった。そこなんです。(海の近くなので)よく見ると、遠くにカモメが飛んでいます。あの陽炎ですが、何日待っても出ないので“陽炎待ち”しました。ある時、『出る』という情報が入って車で現場に行って撮りました。視聴率で苦戦した『バーディー大作戦』というドラマに代わるGメンで、これまで見たことのないタイトルバックを作った」と明かした。
ディティールにもこだわった。従来の刑事ドラマだと、張り込み中に「あんパンと牛乳」「タバコ」が小道具のセットとなっていた感もあったが、そのイメージも払拭。岡本は当サイトに次のように証言した。
「あんパンに限らず、食べ物は食べない。食べてもソバ。タバコはなるべく吸わない。タバコの吸い殻で時間の経過が分かるという演出もありますが、Gメンではそうした刑事ドラマのイメージを切りたかった。また、アパートの部屋に踏み込む時も土足で入り、畳を映さない。靴の裏も映さない。そういう美意識があった。洋画のように、スマートに。丹波さんは黒いソフト(帽)をかぶって、俺にこう言ったことがあります。『どうだ、ジャン・ギャバンより似合うだろ』。丹波さんは(フランスの名優)ギャバンに憧れていた。アメリカの明るくてメジャーな映画より、フランスの暗黒もの、ある種の暗さもあって、でも、かっこよくて、アラン・ドロンが出てきそうな…。そういう刑事ものを目指そうという思いがあった」
沖縄の女子高生を暴行した米兵が罰せられず、逆に被害女性と家族が悲劇的な末路をたどる不条理と向き合った第59~61話の“沖縄3部作”(鷹森立一監督)など社会派の作風でも知られた。岡本は「今でも名作だと思います。鷹森さんはそういった作品を、佐藤純彌監督は戦争犯罪を撮り、サクさん(深作欣二監督)は『警察をぶっ飛ばす』ですから(笑)。今だと(反権力の作風は)ダメということになるのでしょうけど…」と振り返った。
印象的な作品は北海道の積丹半島でロケした第30話「追跡と逃亡!石狩挽歌」(75年12月13日放送)。岡本は過酷な撮影を回顧した
「ソ連の黒い潜水艦が見える場所で、犯人に逃げられたという設定で海の中に入った。真冬ですよ。海が凍ってるんですよ。鷹森監督は『(深作監督の映画)『ジャコ萬と鉄』(64年公開)の時、高倉健は海に入ったぞ』って言うんです。健さんと俺は違うでしょ…と思ったけど、そんなこと言えないから『分かりました』って、コートを着たまま真冬の北海道の海に入ると、足が言うことをきかないんですよ。その状態で、逃げた犯人のいる海に向かって銃を撃つわけですが、全部カットされました。『テンポが出てない』って。海から上がると、コートにツララがおりていました。健さんはふんどし一丁で海に入っているわけだから、話が違いますよ。歯はガタガタいって、セリフは言えないですし」
岡本は89年からNHKドラマ「中学生日記」での美術担当教師とテレビ朝日系「高速戦隊ターボレンジャー」の博士役を並行して演じるなど役の幅を広げた。今年11月に傘寿を迎える。佐藤氏は「Gメンの頃の彼は(Gメンならぬ)“イケメン”という感じだったが、今は味が出て一番いいところ。シニア俳優として、おじいちゃん役で出てほしい」とエール。岡本は「これからも(俳優を)やりたいと思っています」と意欲を示した。
※トークイベントの模様は配信中。詳細は「岡本富士太 ショットガンフィルム」で検索。
(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)
