会社員と二足のわらじの漫画家、40歳でフリー→81歳の現在も「サラリーマンの体内時計」人気作家とコラボ

 年度末の春は就職や転職などで新たな世界に踏み出すシーズンでもある。中には、会社を辞めてフリーランスとなる人もいるが、自分の裁量で自由に時間を使える立場になっても、長年培った生活サイクルは簡単には変わらない。いわば「体内時計」として体に染みこんでいる。そうしたケースに当てはまる大御所のクリエイターがいる。1980年代に「ハートカクテル」、90年代には「菜」といった人生の機微に触れた名作コミックを世に送り、81歳となった現在も精力的に活動する漫画家・わたせせいぞう氏だ。

 わたせ氏は、「レトロモダン」な作風が人気のイラストレーター・マツオヒロミ氏と2月下旬に都内のジュンク堂書店池袋本店でトークライブを行った。両氏がコラボしたビジュアルブック「RENDEZ-VOUS わたせせいぞう×マツオヒロミ」(玄光社)の発売を記念したイベント。世代やキャリアを超え、今回の作品についてなど語り合った。その中で、わたせ氏はファンから仕事のルーティンについて問われると「僕はサラリーマンの体内時計がまだ残っています」と切り出し、1日の始まりを詳細に言葉で再現した。

 「朝8時半くらいに仕事場に入って、ブラインドを上げ、天気が良ければ日が差してきて…。そうしてスイッチが入って、お茶でも飲んで、音楽をかける。スタッフが出勤する10時までの間、花に水をやったり、音楽を聴きながら『きょうはイラスト、きょうはコミック』とテーマを考え、瞑想(めいそう)して…。そうやって(1日の)扉が開くようになっています」

 わたせ氏は早大卒業後、23歳で同和火災海上保険(現あいおいニッセイ同和損害保険)に入社。営業マンとして平日は仕事後の夜も取引先の人たちと酒席を共にするなど“昭和のサラリーマン”を体現する日々を過ごし、漫画は休日の土日限定で描いた。40歳で退職するまで二足のわらじを履いたが、人生の折り返し後、同じく約40年続くフリーランスとしての生活でも規則正しい「朝型生活」を習慣としてきた。

 一方のマツオ氏は1980年生まれ。同年生まれという読者から「マツオさんが高校生の時はコギャル・ブームでルーズソックスが流行ったと思いますが、ブームには流されない高校生だったのでしょうか?」と問われた。

 島根県松江市の公立高校に通っていたマツオ氏は「普通にルーズソックスも履いていましたし、あの“シルエット”の中で生きてはいたんですけど、極端ではなかったですね。私の頃の高校生って1996年から98年(在学)で、コギャル・ブームが一番過熱した時期だったかと思いますが、そういう方向ではなかった。レトロなものも同時期に流行っていましたし」と振り返った。

 マツオ氏は音楽の嗜好にも言及。「(当時のメイン・カルチャーだった)安室奈美恵さんとか小室ファミリー的な感じのベクトルのものとはまた別に、『渋谷系』というか、(音楽ユニット)ピチカート・ファイヴのように1960~70年代への憧れみたいなベクトルもあって、私はそちらの方向に嗜好がいっていたので、(ブームには)染まらないというか、私は私で、別ジャンルで夢中になっていたものがあったという感じですね」と付け加えた。藤井風の公式グッズを手がけるなど、その音楽センスにも関心が持たれているが、現在は取り組んでいる作風に合わせて「タンゴ」をBGMにしているという。

 今後に向け、マツオ氏は「こういうコラボの機会にチャレンジしてみたいですし、自分の作品もいろいろ深めていきたいという感じですね。あまり先のビジョンは作らない感じで、目の前の“ワクワク”に向かって突っ走る感じですね」と自然体だ。

 わたせ氏は「サラリーマン時代のなごりで『今年はこういう目標でやろう』とか『何年計画で』などと考えています」と生活リズムだけでなく、考え方においても会社員時代に培った発想が続いていることを示した。その上で、同氏は「これまで作品で“色の旅”をしてきました。アメリカ、日本、ヨーロッパ…と描きましたので、次はアジアだなと。『アジアの色』を表現したい。マツオさんの素敵なキャラクターから何人かお借りして、(新たな)コラボ作品を作れたらなと思います」と“タッグ継続”を呼び掛けると、マツオ氏も「楽しみにしています」と呼応した。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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