CDの「ライナーノーツ」は絶滅危惧種?新刊発売の音楽P・松尾潔が指摘「文脈でなく、切り抜きの時代」
公衆電話にテレフォンカード、ポケットベル、PHS、ビデオやカセットテープ、MD、ワープロ、カメラのフィルム…。1990年代には当たり前に存在した“モノ”が時代の変化と共に姿を消していく。その一つであるCDの解説文「ライナーノーツ」を一冊に凝縮した新刊が出版された。著者の音楽プロデューサー・松尾潔(57)が出演した都内のトークイベントに足を運び、話を聞いた。(文中敬称略)
その新刊とは6月に発売された「松尾潔のメロウなライナーノーツ」(リットーミュージック刊、税込3300円)だ。
松尾は1968年生まれ、福岡県出身。プロデューサー、ソングライターとして関わった平井堅、CHEMISTRY、東方神起、SMAP、JUJU等の楽曲セールスは累計3000万枚を超え、作詞・共作曲・プロデュースを手掛けたEXILEの「Ti Amo」は2008年の日本レコード大賞を受賞…といった華々しい業績で知られる。
それ以前は音楽ライターだった。早大在学中の80年代終わりに始動。90年代末までの約10年間に米国の黒人大衆音楽に特化して執筆したCD用のライナーノーツは300本以上となり、そこから厳選した52本を本書に収めた。
一部を紹介すると…。アルバム「ジャネット」を93年にリリースしたジャネット・ジャクソンについて「兄マイケルの名声という呪縛との戦いの軌跡でもあった」「彼女は本作でその軌跡に終止符を打とうとしている」と解説。また、ジェームス・ブラウンの米ロサンゼルスでのライブを現地で当日に知ってタクシーで駆けつけ、隣客とのやりとりも交えながら会場の様子を軽妙な文体で立体化したリポートは音楽解説を超えた“旅日記”でもあった。
今はネット検索すれば容易に情報をつかめるが、当時はそんな社会の到来前。海外に飛び、アーティストや関係者らに対面で話を聞いて情報を得た。“足で書いた”ライナーノーツは90年代という時代の記録でもある。
では、そもそも「ライナーノーツ」の語源とは?松尾は6月に東京・御茶ノ水のイベントスペース「リットー・ベース」で開催された刊行記念トークイベントの中で解説した。
「ライナー」とはコートなど衣服の裏地のことを指す。そこからレコード・ジャケットの裏に書かれた解説文(ノーツ)の呼称となり、音盤がレコードからCDに移行しても、その名称が引き継がれた。だが、そのCDも音楽配信の台頭で“絶滅危惧種”になる可能性をはらみ、付属するライナーノーツも同じ運命をたどろうとしている。
松尾は「今、ライナーノーツがなくなろうとしている理由として、一つにはサブスクリプションサービスやYouTubeなどがメインになったというのが大きいけれど、それだけではなく、『批評』が求められていないことにある」と指摘。「商業音楽である以上、有力プレイリストに入る単体として“切り抜き”に対応できることが常に求められている。コンテキスト(文脈=線)ではなく、切り抜きの単体(点)でジャッジされる」とも付け加えた。
テーマやコンセプトがあるアルバムという「文脈」には、その“脈”を解くライナーノーツが求められてきた。だが、アルバムをトータルで聴き込むのではなく、配信で単体の“おいしい曲”をランダムに効率よく聴くスタイルでは無用となる。
「そこは現実として認めなきゃいけないとは思うんですけど、僕は(マーヴィン・ゲイの名盤)『ホワッツ・ゴーイン・オン』以降に音楽を聴くようなった“アルバムの子ども”。人は文脈の中に生きていて、音楽もその一つだと思っていたんですけど、今はそうではなくなってきている。この先、どうなっていくのだろうという不安みたいなものは正直あります」
その傾向は音楽に限らず、あらゆる表現においても然り。ネットでの政治的な言説にもつながっている。
ちなみに、本書タイトルの「メロウ」には「心地よい」といった意味がある。とろけるような甘いソウルミュージックにも“批評”という一滴の苦みを落とし込んできた20代の仕事。松尾はその足跡を「若書き」と評した。そして、「おこがましいですが…」と前置きした上で、プロ野球界でルーキーの75年から剛速球を投げ続け、短期間で燃え尽きた阪急プレーブス時代の山口高志投手に自身を重ねた。
かつてライナーノーツでフル回転した肩(筆)は今、書籍に向かう。秋以降にも続編を予定。約30年の時を経て、松尾は“復肩”の時を迎えている。
(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)
