片手袋研究17年 タモリ、マツコとも共演 「まるで呪い」充実感とうんざりの間で

 路上に存在する片方だけの手袋を撮影し、そのメカニズムや分類を考察する活動は17年目を迎えた。片手袋研究家の石井公二さん(41)は近年、新たなステージに臨もうとしている。2020年には英語版冊子を作成し海外の教育機関等に送付するクラウドファンディングを成功させ、他ジャンルの路上観察者とセッションするオンライントークイベント「都市のラス・メニーナス」を開始。「片手袋を通じて、より多くの人と関わっていきたい」と充実感を漂わせる一方、「人生を楽しんでいますね、と声を掛けられると、そうでもないんだけど、と思いますよ。まるで呪いのよう」と、うんざり顔ものぞかせる。

 英語版冊子ではロンドン芸術大学に加え、「ハンズ 手の精神史」の作者、精神分析家ダリアン・ リーダーからメールが届いた。トークイベントでは路上園芸、暗渠(あんきょ=地下通水路や地下排水溝のこと)、街角狸など他ジャンルのマニアと語り合う。「クラウドファンディングでは海外からの参加者もいましたし、片手袋を撮影している人は世界中にいるんです。そして片手袋はもちろん、例えばマンホールなんかも結局、都市をどう見るかという、人間の視点の話だと気づきました。名刺代わりの片手袋を通して多くの人と関わっていきたい」と夢を掲げた。さらに「最もどうでもいいことから世界を問う必要があるんじゃないか。王様や戦争など大文字で残る歴史だけではなく、名もなき者による小文字の歴史を、シームレスでつなげる必要があるのではないか。ある時代におけるどうでもいい部分の一つとして、その記録を任されたと思っています」と自らの役割を語った。2019年に活動の集大成ともいえる「片手袋研究入門」(実業之日本社)を上梓したが、息継ぎなしで新たなステージを目指している。

 これまでに5000枚以上の片手袋を撮影。2013年に神戸ビエンナーレ「アートインコンテナ国際展」奨励賞に輝き、「タモリ倶楽部」「マツコの知らない世界」などの人気テレビ番組に出演し、イベントやフェスにも積極的に参加してきた。

 2004年のある日、コンビニに向かう途中、外に落ちていた片方だけの「黄色い軍手」を携帯電話のカメラで撮影。その直後に同様の「白い軍手」を発見した。「誰も注目していないことに僕は気づいたかもしれない。しかも昔から自分が気になっていたものだったので、これは何か意味があるんじゃないか。ワクワクしました」。ウクライナの絵本「てぶくろ」の影響で幼少時から手袋が気になり、玉川大学の卒業論文テーマには路上観察学会を創設した赤瀬川源平を選んだ。人生の点と点がつながる多幸感に包まれた。翌年から「片手袋」のキーワードとともに、活動を本格化させた。

 活動から数年後、片手袋写真の増加に伴い、持ち主や路上に落ちた経緯を情緒的に推察することに加え、学術的に分類する試みを開始した。「目的」「過程」「状況・場所」の項目を設定。「目的」はファッション・防寒類、医療用などのディスポーザブル類、軍手などの軽作業類など。「過程」は落ちている放置型、拾われた介入型。「状況・場所」は電柱系、田んぼ系、バス停系など。ゴム手袋が誰かに拾われて三角コーンにあてがわれたものは「ゴム手袋類介入型三角コーン系」に分類される。

 「一番大きかったのは過程で放置型、介入型の分類の概念が生まれたこと。拾われているものでも先入観があり、どちらも“落とし物”として捉えていました。しかしある日、やっぱり違うなと気づいて放置型、介入型に分かれた時から、片手袋を拾う人のことを考えるようになりました。手袋を落としやすい場所、拾いやすい場所、撤去されたりする場所が都市の中に存在する。片手袋はその象徴だと思いました」

 出会った片手袋を必ず撮影する。手を加えない。選り好みしない。以降はルールをさらに厳格化。自身の探究成果に加え、ネットを通じた情報提供で「深海デブリ系」、「雪どけこんにちは系」、放置型でも介入型でもない「実用型(目的がありわざと片手袋になっている)」など、次々に新たな分類が生まれた。「くだらないことだからこそ、本気でやった方が面白い」とする一方「だんだん重荷になって、自分自身が苦しくなった」と笑う。

 「バスに乗ってる時に(片手袋を)見つけて途中で降りて撮りに行ったり、タクシーで帰宅した後に自転車で引き返して撮影したり、自分で落とした手袋を拾うのを一瞬ためらったり、映画を観ている途中で片手袋が登場しないか気になったり…日常生活に支障をきたしています。もう歯を磨くとか風呂に入る、と同じ感覚です」

 コロナ禍では介入型が減ると予想したが、実際の割合はコロナ禍前と変わらなかったという。「あの頃なら他人のものに触っていいのか、と考える人が多いと思いましたが違いました。そんな葛藤はなかったんでしょうね」と振り返る。そして「片手袋はまだまだ分からない部分が多い。大半の片手袋は分類図にあてはまりません。本のタイトルを片手袋研究『入門』にしたのは、僕もようやく入門できたくらいにしか分からないよ、という意味です。僕の代で土台を作って、器を大きくしたい」と、コロナ禍後よりさらに遠くを見据えている。

 石井さんに「まるで殉教者ですね」と水を向けると「確かに有名になりたい、お金持ちになりたいと思っている訳ではありません。でも、今更もう辞められない、少しは認められたい、という気持ちがゼロかというと、そうでもないんです。嘘はつきたくない。正直でありたいですね」と返答された。

 都内で飲食店主を務める顔を持ち、妻と娘と暮らす石井さん。観念的とも捉えられそうな理想や夢を語ると同時に、卑近で具体的な自制も忘れなかった。活動を正当化、高尚化しすぎて独善性や排他性を帯びないために-そんな誓いが込められた流儀なのだろうか。石井さんが運営するホームページ「片手袋大全」で片手袋研究の情報が発信されている。

(よろず~ニュース・山本 鋼平)

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