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再起不能か!?仮面ライダー放送開始前にバイク事故

仮面ライダー出演当時の藤岡©SANKI WORLDWIDE
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 1971(昭和46)年4月3日、土曜夜7時半。「仮面ライダー」の初回放送を私は病院のベッドで身動きできずに見ていました。俳優業への復帰はほぼ不可能と言われ、先の見えない絶望的な状況で初主演ドラマの幕開けを迎えたのです。

 撮影は同年2月にクランクイン。番組開始までに撮りだめする必要があります。9~10話の撮影を小田急線鶴川駅(東京・町田市)近くの“おばけマンション”で行いました。マンションが建築途中で放棄され、錆びた鉄筋とコンクリートがむき出しになった、まさに化け物屋敷的な異様な雰囲気の廃墟がポツンとあり、その下の道路で私は改造人間の“本郷猛”としてバイクを走らせたのです。

 田中角栄元首相の「日本列島改造論」の時代。その辺り一帯も造成工事中で、トラックがブンブン走っている道路のコーナーには砂利が落ちていました。そのカーブでアクセルを全開にした瞬間、コントロールを失い、バイクごと電柱に激突したのです。電柱を支えるワイヤに左足が引っ掛かり、はね上げられた私はバイクごと吹っ飛ばされて、数十メートルも転がりながら道路にたたきつけられました。

 気がつくと、左足が人形のように変な曲がり方をして、顔の横にありました。それを手で元の位置に戻し、左足の親指を動かしてみると動いた。「まだ神経はつながっている」と、ほっとした瞬間、体中に激痛が走って意識を失いました。

 私はヘルメットをかぶらずに撮影を続けていました。着用が義務づけられる道交法改正(72年)の前年で、当時は法的に問題がなかった。柔道をやっていたおかげで無意識に受け身をして頭を守ったことが生死の分かれ目になりました。受け身をしていなければ即死でしたね。

 足の方は当時の医療技術では手の施しようがなかった。複雑骨折で骨の破片が筋肉に刺さっている状態。一命は取り留めたものの、松葉杖や車椅子での生活を余儀なくされかねない重傷でした。仮面ライダーはまだ放送開始前。このまま私は消えていくのか。当時25歳、俳優人生の大ピンチに直面しました。

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