「東京に染まらない」富良野に受け継がれる倉本聰さんの魂 「北の国から」登場「くまげら」オーナー森本氏語った
「北の国から」などの人気作を数多く手がけ、9月18日に多臓器不全のため死去した脚本家、演出家の倉本聰(くらもと・そう 本名・山谷馨=やまや・かおる)さんのお別れの会が、3日に北海道富良野市内で行われる。同市内の「北の国から」のロケ地など、倉本さんゆかりの地には、2日にも全国から多くのファンが来訪。「北の国から」に実名で登場する飲食店「くまげら」のオーナー・森本毅氏(84)は同日、デイリースポーツの取材に応じ、在りし日の倉本さんに思いをはせながら、その“魂”が受け継がれていることを力説した。
地元が誇る希代の名脚本家を失って、1カ月あまり。厳しい冬の入り口を迎えた富良野には、追悼とともに故人の志を受け継ぐ前向きな思いがあふれていた。
富良野駅近くの飲食店「くまげら」を経営する森本氏は、倉本さんが1977年に富良野に移り住んだ直後からの付き合い。「北の国から」はデモテープの段階から見ていたという森本氏は「最初は『北の国から』っていうのは仮のタイトルだったんだけど、そのまま決まっちゃった」と“裏話”も明かした。
同作の撮影期間には、常に倉本さんが俳優やスタッフを連れて来店していた。「うちに来たことない俳優はいないんじゃないかな」と森本氏。撮影中に見せる厳しさとはまったく異なり、鹿肉、鴨肉などを味噌仕立て煮込んだ名物の「山ぞく鍋」を囲み、陽気に過ごしていたという。
そんな倉本さんを、森本氏は「やはり、富良野にずっと暮らしていたからこそ、完全に街に溶け込んでいた」と回想。「住んでる人たちは倉本先生の『東京に染まらない』『富良野を全国へ』という思いをみんな理解していますから、その思いを大事にしていこうと思ってるはずです」と熱く語った。
富良野市郊外の麓郷地域には、観光地化された「北の国から」のロケ地が点在する。「’89帰郷」の中で主人公・黒板五郎が建てた石の家と、一家が最初に住んだ家の管理を行っている坂上博氏は「倉本先生のおかげで、富良野が全国に広まったのは間違いないです。人口と観光客の数が逆転しちゃったり、本当にすごい数の人が来られましたから」と話した。
倉本さんは、自分の知人を連れてロケ地訪問をすることもあった。その一方でいわゆる“オーバーツーリズム”に心を痛めていたという「『麓郷という名前を出したら、人がたくさんきて住民に迷惑を掛けるかもしれない。申し訳ない』とおっしゃっていました」と坂上氏。表面上だけではなく、心の底から富良野を愛していたからこその葛藤。そうした心遣いもまた、地元に愛され、溶け込んだ倉本さんならではの姿だった。
