小柳ルミ子の家賃が衝撃…さんま絶句「すごっ」マツコ「そんな物件があったの?」バブル前の30代に「夜な夜なディスコ通い」
TBS系「週刊さんまとマツコ」が1日に放送され、明石家さんま、マツコ・デラックス、平成ノブシコブシ・吉村崇が出演した。
この日は「74歳でも現役バリバリ!芸能界最強美魔女 小柳ルミ子 波瀾万丈人生グラフ」。さんまの憧れの人であり、先輩でもある歌手・小柳ルミ子をゲストに招いて半生を深掘りした。
小柳は、1971年のデビュー曲「わたしの城下町」が大ヒットし紅白出場。翌年に「瀬戸の花嫁」で日本歌謡大賞を受賞。女優業でも日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得した。
小柳は、人気絶頂の中でも同期の歌手・天地真理との人気格差は大きかったと述懐。「真理ちゃんにはドライバーも付き人も。マネジャーもチーフと現場と付いて。いて。会社持ちですよ。当然。私はもうマネジャー1人」と、当初は待遇差があったことを振り返った。月給制で働いていたため、大ヒット曲を連発しながら月々20万円ほどだったという。
小柳は初主演映画「白蛇抄」で、女優としても大ブレーク。「30歳の頃はもう大ピークです」と回想。吉村が「お金の使い方どうですか?(デビュー当初の)月給制のストレスがあって、ここ解消してますよね?」と聞くと、小柳は「そう。もう、その頃は歩合でしたからね。あたしね。踊りたい病だから、近くにディスコがある所に住んで。夜な夜なディスコ通い。六本木の近くに住んで。家賃が(月)450万」と振りかえった。
さんまも「え!あの時代で!」と絶句。マツコも「バブル、ちょっと前よね…。それで450万?そんな物件があったの?」と驚いた。
小柳は「あのね。3階建ての一軒家で。でも売ってくれなくて」と述懐。さんまは「すごっ。溜まってたもんが爆発したんやなぁ」と感心していた。
