荻野目洋子 キャリア42年「今が一番楽しい。自分らしく泳いでいきたい」 “歌って踊れるアイドル”先駆者「ダンシング・ヒーロー」で新風
月イチ連載企画の「今も輝いて アイドル伝説」。今回は歌手の荻野目洋子(57)が登場です。1984年にソロデビューし、翌年発表した「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」が大ヒット。エネルギッシュな歌声とダンスで“歌って踊れるアイドル”の先駆者となり、80年代のアイドルシーンに新風を吹かせた。発売から40年を迎えた今は、盆踊りの定番曲として浸透。世代を超えて愛される一曲となり、喜びをかみしめながら新たな挑戦を続けている。
連載タイトルを伝えると、荻野目は自らを再定義した。「私はかわいい“王道のアイドル”とは外れていると思いますが、時代が時代で、そういう方たちと一緒に過ごさせてもらった。波にのまれながら、人とは違う面に注目してもらったと思います」。イメージとして定着している「歌って踊れる」を体現するまでには、紆余(うよ)曲折があった。
荻野目は千葉県出身。ごく普通のサラリーマンの家庭に、4人きょうだいの末っ子として誕生した。国語、音楽、体育が得意科目という活発な少女で、歌の才能が開花したのは小学2年生の時。町内のど自慢大会に出場し、準優勝した。「すごく人見知りだったけど、歌に関しては物おじしなかった」。歌に興味が湧き、小学校高学年から人生が好転し始める。
78年に出演した素人の歌番組でスカウトされ、79年に小学生3人組ユニット「ミルク」としてデビュー。学業専念のために芸能界から離れた時期を経て、84年に「未来航海-Sailing-」でソロデビューした。「歌へのぶれない気持ちがありました。両親もデビューに向けて都内に引っ越してくれた」。荻野目のために設立された芸能事務所・ライジングプロダクション、両親という強力サポートを得て、歌手の道を歩み出した。
同期の84年デビュー組は、岡田有希子さん、菊池桃子、長山洋子ら。アイドル全盛期だっただけに「事務所、レーベル同士の熾烈(しれつ)な戦いがあり、責任がのしかかるデビューでした。大人の世界に入ったなって」と笑いながら懐古する。周囲の「次こそ当てなければ」という焦燥感をよそに、本人は次作のリリース準備で大忙しの日々。6作目まで大きなヒットに恵まれなかったが、「悩む暇はなかった」という。
85年発表の7作目で「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」と出会った。英国歌手のカバー曲。荻野目自身が姉の影響で洋楽を聴きあさっていた時期で、当時の邦楽シーンでは珍しいユーロビート調のデモ音源を試聴して「洋楽に近づいていけるのかな」と運命を感じた。まだ歌声も若く、タフな歌い方をしたことがなかったが、「この歌を歌いこなしたい」と挑戦の気持ちが芽生えた。試行錯誤を重ねて歌を自分のものにし、「自分の中で何かがさく裂した感じがした」と振り返る。
当時は清楚や可憐(かれん)を売りにしたアイドル歌謡が流行しており、振り付けもテレビ映えするキュートな手ぶりが主流だったが、荻野目はボーイッシュなパンツ衣装で大きく体を動かす複雑な振り付けに挑戦。世間に衝撃を与え、スターダムを駆け上がった。「自分は天才ではないけど、大きな壁は自分で崩してみたかったんです。人生で大きなチャンスを与えてくれたのが『ダンシング・ヒーロー』でした」と語る。
同曲は2017年に再ヒットしたが、新たな形で広がりを見せている。「東京音頭」「炭坑節」と並び、盆踊りの定番曲として親しまれるようになった。40年前の自分の曲が時を超え、みんなの歌として浸透している現状に「信じられないことだし、あの曲の恐るべきエネルギーを感じる。自分の曲であって、そうではない気がする」と不思議な感覚を覚えている。
曲だけでなく、結婚、出産し、娘3人も育て上げた。三女が今年で20歳を迎え、「(育児のために)4年くらい仕事をセーブした時期もあった。まだ心配は尽きませんけど、ファーストステージはクリアしたんじゃないかなって。ほっとしたと同時に、力が抜けています」と自然な笑顔を見せる。現在は「脱力」「素」をテーマに生活しており、夫との海外旅行が私生活の楽しみ。家庭から世界に視野を向け、知見を広げている。
仕事でも新たな挑戦を続けている。「荻野目洋子 Pure Life,Pure Music」(地方AMラジオ局)と「日曜コネクション」(BAYFM78)の2本の冠番組を持ち、生放送にも挑戦。「昔と違って肩の力を抜いて仕事をしようと思っているので、自分のフィーリングにピッタリだなと思う。曲は割とビートのきいたアクティブな感じだけど、普段の私はこんな感じです」と穏やかな日々を垣間見せる。
23年発売のアルバム「Bug in a Dress」で初の作詞作曲に挑戦し、アウトプットの楽しさを再実感した。「歌も肩に力を入れすぎないグルーヴ感を出していきたい。SNSをやめようと思っていて、言いたいことは歌でも伝えられるなって思う。歌を通して、こんなことを考えているんだって知ってほしいな」。今の自分を披露する場として、10月23日の神奈川公演を皮切りにライブツアーを開催する。
キャリア42年。「今が一番楽しいです」と目を輝かせる荻野目は、歌い続ける原動力を「昔から地道な作業が好き。単純な性格が功を奏したからだと思う」と答える。歌手としての未来を「人気商売なので『あなたはお呼びではないですよ』と言われたら、それが引き際だと思っている」と語りつつ、「今は何万人を前に歌うというわけではないけど、私のステージに来てくれる人がいる限りは歌っていていいのかな」とはにかむ。
80年代の邦楽シーンに変革をもたらした立役者は「世の中に流される場面も大切だなと思う時もあるけど、自分らしく泳いでいきたい」と目標を口に。大事にしてきた個性を武器に、これからもマイクを握っていく。
◆荻野目洋子(おぎのめ・ようこ)1968年12月10日生まれ。千葉県出身。姉は荻野目慶子。84年に「未来航海-Sailing-」でデビューし、85年の「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」が大ヒット。86~89年に日本レコード大賞金賞を4年連続で受賞。NHK紅白歌合戦に5回出場した。私生活では、01年に元プロテニス選手の辻野隆三氏と結婚。3人の娘のママ。
