山田五郎さん死去 「アド街」出演は28年間で1万4000回超 体調悪い日も「大丈夫だよ~」共演者ら別れ惜しむ
美術評論家で編集者の山田五郎(やまだ・ごろう、本名・武田正彦=たけだ・まさひこ)さんが死去したことが22日、発表された。67歳。東京都出身。山田さんのYouTubeチャンネル「オトナの教養講座」で、マネジャーが報告した。14日夕方に自宅で亡くなり、19日に親族や関係者が参列して葬儀を執り行ったという。2024年7月にステージ4Bの原発不明がんが発覚し、長らく闘病していた。
山田さんは、講談社の社員だった1998年4月から「出没!アド街ック天国」に出演。前任のコラムニスト・泉麻人氏(70)に代わり「街に詳しい」コメンテーターとして番組に不可欠存在となった。
講談社を退社する2004年までは、会社を休んでスタジオ収録に参加。番組の公式Xによると「28年間・計14000回以上、ご本人の都合でアド街を休まれる事は、一度もありませんでした」という。また「病気がわかった後も、高熱の日や体調が最悪の日があったのに『大丈夫だよ~』と平気なフリをして出演してくださいました」という鉄人ぶりだった。
収録に備えて街の情報を徹底的に調べるため、収録前日は、徹夜することもしばしばあった。この日は「アド街」の収録が行われており、レギュラーの峰は「いつも通りの雰囲気で、特に五郎さんについて語るということもありませんでした。五郎さんもきっと、それを望んでいると思いました」と明かした。
番組の初代アシスタントでフリーアナウンサーの八塩圭子は、インスタグラムで山田さんを追悼。19日の葬儀に参列した際の様子を「教会で、ビシッといつもの山田五郎さんらしいスタイルの武田正彦さんとお別れした後、歴代秘書の後輩アナウンサーたちと初代プロデューサーと共に献杯。それぞれの思い出や、最後の収録までかっこよかった五郎さんのお姿についてなど、話は尽きませんでした」とつづった。
▼峰竜太(「アド街」で共演)
山田さんと「出没!アド街ック天国」で28年以上にわたって共演したタレント・峰竜太(74)が22日、デイリースポーツの取材に応じ、早すぎる別れを惜しんだ。
訃報を聞いたのは、お葬式の数日前でした。今月8日に2本撮りをしたんですが、それが最後の収録になってしまいましたね。その時も体調は悪そうだったんですが、収録が始まったら鼻に入れていたチューブも外して、必死に頑張っていましたね。それから数日で、まさか…という感じです。僕はがんが発覚してからも、病気のことは一切聞かなかったんです。本人も話したくなかったでしょうし。
何十年も一緒にやらせてもらいましたが、個人的に飲みに行ったりとかの付き合いはなかったです。でも仕事となると、本当に「やりやすい」なんてもんじゃなかったですね。分からないことは何を聞いても教えてくれるし、つまらないことを言ったら「つまらない」って率直に言ってくれました。年齢は僕より10近く下なんですが、僕にとっては「アニキ」ですよ。「五郎さん」と呼んで尊敬していましたし、五郎さんもそれを分かって、気遣いをしてくれていました。
人間的には、編集者であったことへのプライドを持っていたというイメージです。だからこそ、街のことについてもきっちり下調べしてくるし、何でも知っている。五郎さんがいてこその「アド街」だったのは間違いないですね。五郎さん、天国に行っても「アド街ック天国」をよろしくお願いしますね。
▼薬丸裕英(「アド街」で共演)
「幅広い知識と温かくわかりやすい語り口で、本当に多くのことを学ばせていただきました。二週間前の収録の際、『やっくん、マンゴーありがとう。最近は固形物が食べられないから、柔らかいフルーツは本当にありがたく、美味しかった…』と、お中元でお贈りした果実のお礼を一言一言、絞り出すように伝えてくださいました。結果的に、この会話が五郎さんと交わす最後の言葉になるとは思いませんでした」(ブログより)
▼中川翔子(ラジオで共演)
山田さんとラジオ番組で約19年にわたって共演してきたタレント・中川翔子(41)は、SNSで山田さんを悼んだ。「人生の半分を五郎さんと一緒に過ごしてきました」とし、「五郎さんがいてくれたから、私は私のままでいていいんだ、好きなものを好きと言っていいんだと思えました」と感謝。死去した14日に会いにいったものの「あと5分、間に合いませんでした」と明かし、「たくさんの世界を見せてくださって、本当にありがとうございました。五郎さん、大好きです。どうか安らかに眠ってください」と結んだ。
