【「国宝」の挑戦・後編】歌舞伎化粧完全再現でアカデミー賞ノミネート→歴史的偉業も実は“究極の急ごしらえ”だった!?
映画界最大の祭典「第98回アカデミー賞」の授賞式が15日(日本時間16日)に開催される。邦画実写の国内興収記録を更新した李相日監督の「国宝」が日本映画として初めて、メイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネート。特殊な歌舞伎の化粧を、長編映画の世界で精密に再現してみせたことが評価につながった。この歴史的偉業を成し遂げたのは、意外にも“究極の急ごしらえ”で生まれたチームだった。
作品作りに際し、李監督が最重要視していたのがメークの部分だった。「観客が映像を見た時に、歌舞伎に対する違和感がまったくないように。完全な再現性が求められると思っていた」とした上で、「映画として一番挑戦的な部分は、歌舞伎俳優さんではなくて、映画の俳優を起用するという点。映画俳優を歌舞伎役者として作り上げるために最も重要な要素の一つがメーキャップだった」と明かした。
そこで李監督は、約25年の付き合いで信頼の厚い豊川京子氏をヘアメークに起用。歌舞伎の化粧は通常、俳優が自身で施すため、40年以上のキャリアを誇るベテラン歌舞伎俳優の中村京蔵に依頼し、豊川氏に化粧術を伝授してもらった。
だが豊川氏は「私は最初から、歌舞伎のメークは別物だと思っていた」という。「一応、練習はしたんですけど、練習するうちに、これは役者に失礼だって思いました。にわか仕込みのわれわれがやるようなことではないと」と、不安が的中。李監督も「とんでもなく見込みが甘かった」と嘆く事態となった。
スペシャリストが必要となったが、歌舞伎俳優にメークを施す職業は存在しない。「そんな方がこの世にいるのか…というところに見つかった」(李監督)のが、日本舞踊の白塗りを専門とする「顔師」の日比野直美氏。クランクインまでわずか1週間という、ギリギリのタイミングだった。
日比野氏はかつて、OSK日本歌劇団に所属する俳優だった。退団、結婚を経て顔師となり、約30年のキャリアを誇るが、歌舞伎のメークを担当するのは初めて。さらに「舞台だと2、3時間きれいに保てたらいいんですが、映像の場合は収録時間が長いので、1日に10時間とか。あと、舞台はステージと客席の距離で見てきれいだったらいいんですが。映画の場合はアップの場面が多いので、近くでもなるべくきれいなお顔で映るように」と、映画ならではの苦労も重なった。それでも「下地に塗るびん付け油を、崩れにくいものを使ったぐらいで、特別なことはしていません」とサラリ。プロの実力をいかんなく発揮した。
こちらも歌舞伎の特色であるカツラの担当には、この道40年というベテランの床山・西松忠氏を起用。歌舞伎のカツラは銅版がベースのため重く、作中で使用したものも3~4キロに及ぶという。西松氏は「キャストの皆さまが、いかに長時間、重いものを頭の上に乗せて耐えられるか。撮影中は1カットで20回ぐらいカツラをかぶせたり外したりということがありました」と過酷な現場を回想。「慣れないせいか、やっぱり『ここが痛い』とかなってくるんですよね。その辺を一番苦労した」と語った。
裏方として長年活動してきた職人たちが、表舞台で報われた。ノミネートの一報を受けた瞬間の思いを、西松氏は「われわれは、舞台の後ろから俳優さんを支える仕事。アカデミー賞にノミネートされたなんてことは、もう夢のようでございます」と、日比野氏は「これは私にいただいたんじゃなくて、何百年も続いてる日本の伝統芸、それにいただいたんだって思います。いろんな方が積み重ね、継承してきたものを、外国の方にも認めてもらえたのかなって思ってとてもうれしく思いました」と表した。
その一方で、伝統芸能のプロフェッショナルに挟まれた豊川氏には、別の思いがあった。「あの白塗りメークは本当にすばらしかったし、カツラもすばらしかった。で、いろいろ考えて『私は、なぜノミネートされたんだろう?』って。チームの統括として現場にはいたんですけれども、そっちの気持ちの方が大きくなってしまって…」と吐露した。
その言葉に、日比野氏が即座に反応した。「私たちはあまり映画の現場に慣れていない、というか、私は初めてでしたから、すごく現場のことを教えていただいて、映画の時はこういう風にするんだっていうことを本当に学ばせてもらったので、京子さんには感謝しかないです」と力説。西松氏も笑顔でうなずいた。急ごしらえで生まれた3人のチームは、壮絶な現場での共闘を経て、世界に羽ばたく“ONE TEAM”になっていた。
