モナキ・じん 紆余曲折の芸能人生 グループ最年長でキャリアなんと20年以上!戦隊ヒーローも経験
4月8日にメジャーデビューする純烈の弟分「モナキ」の正体に迫る緊急連載「何者なんだ!?モナキ!!~純烈弟分の素顔~」。第2回はグループ最年長で「烈車戦隊トッキュウジャー」のトッキュウ2号だった、じん(39)に矛先を向ける。キャリア20年以上のベテランだが、芸能人生は紆余曲折あったようで-。
180センチの長身に正統派のイケメン。最も“純烈っぽい”メンバーだ。全体を俯瞰できるキャリアとステージ映えする華を持つ。活動のモチベーションを聞くと「もうすぐ40歳。ちゃんと何者かになって、家族を安心させてあげたい思いがあります」とうなずいた。
もともとは作曲家志望。3歳でエレクトーンを始め、8歳から作曲する早熟児だった。高校時代には「思いつく限りのレコード会社に学校をズル休みしてでもデモテープを送っていた」という行動力が身上。プロモーターの目に留まって17歳で音楽活動を開始した。
アイドル期などを経て、大手芸能事務所に所属。2011年にミュージカル「テニスの王子様」に抜てきされ、2年で222公演を駆け抜けた。14年には「トッキュウジャー」で志尊淳、横浜流星らと共演することになるのだが、心の奥では音楽活動への渇望がうずいていた。
「ずっと事務所に(音楽活動をしたいと)プレゼンしていたんです。でも、7年間くらい一緒に歩んだマネジャーさんに『やりたいなら移籍するしかない』とジャッジをいただいて、独立することになりました」
「人生をかけるくらいの気持ち」で2人組ユニット「三ツ星サラバ」として活動するも、相棒が失踪。無期限活動停止となり、17年には別ユニット「シキドロップ」を結成した。
だが、コロナ禍で状況は一変。「1、2年、スケジュールが白紙になって、メンタル的にもやられた時期でした。当時34歳。17歳で芸能の世界に入ったのでちょうど半分で、長い人生、別の仕事もしてみようかなと思った」。社会人経験のない34歳。縁あって働くことになったのが、デザイン会社だった。
22年8月~24年9月まで営業を担当。主にオモチャメーカーを相手に持ち前のコミュ力を発揮し「新人賞を獲りました。会うまでが大変なんですけど、会うと強いみたいで。未経験だったので何が失礼かもわからなかったんですけど、怒られたら直そう精神でした」と回想する。成果を上げる中で友人から薦められたのが、モナキに連なる「セカンドチャンスオーディション」だった。
当時の心境について「お仕事に慣れてきて、ふと何か物足りないなと思ってしまっていた」と吐露。再び芸能の世界を目指して合格し「これをやりたいと思うと、いてもたってもいられなくなっちゃうんですよね」と自己分析する。
プロデューサーの純烈リーダー・酒井一圭からは「こなれている」と指摘されたという。自覚もあるようで「それを自分にとってもグループにとっても、どう損しないようにしていけるか。難しいなと思いながら考えているところです」と気を引き締めていた。
◆じん 1987年2月26日生まれ。東京都出身。17歳の時に音楽活動を始め、レコード会社から声をかけられた3日後には東京・池袋でキーボードの弾き語り路上ライブを実施。2011年にミュージカル「テニスの王子様2ndシーズン」大石秀一郎役に抜てきされた。14年の戦隊シリーズ「烈車戦隊トッキュウジャー」ではトカッチ/トッキュウ2号役。カラーコーディネーターと色彩検定2級を持つ。モナキでのメンバーカラーはオレンジ。
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