ストリートから世界へ 75歳の現役ボサノバギタリスト・木村純のセカンドライフ(後編)

ボサノバへの思いを語る木村純(撮影・堀内翔)
ボサノバへの思いを語った木村純(撮影・堀内翔)
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 木村純(75)は、日本におけるボサノバのギタリストの草分けと言える存在だ。24年間のサラリーマン生活を送ったが失職し、ミュージシャンに転身。ストリートから始めてスケジュール帳の空き日がないほど引く手あまたになった。

 当初は47歳での路上演奏に抵抗があったが、「ある日頭を上げてみたら、名刺がなくて肩書がないわけですよ。今までだったらBMWの僕、伊藤忠の僕だって分かってたけど、肩書がない人間に対して聴いている人と心が通じ合えた」と感じた。「たくさんの人が聴いてくださっているというのに感動して、これは一生続けていこう」と心に決め、現在も路上演奏は続けている。

 妻からは「自分はサラリーマンと結婚したんだと何回も言われましたよ」と認めてもらうまでに時間を要したが、「今は応援してくれています」と納得してくれた。子供たちも「しょうがない」という家訓ゆえ納得し、「あまり家の騒動にはならなかった。みんな諦めモード、前に進めモードだったから」と家族は受け入れてくれた。

 収入は「(当初は)全然サラリーマン時代の方がありますよ。7年くらい、食べていけるのに種をまいていたんで」と、生活が軌道に乗るまでに7年ほどかかった。「今考えるとサラリーマンの時にもらっていた金額以上のもの、人の縁をたくさんもらっている。感謝しています」と言う通り力量は徐々に認められ、道が開けていった。

 レコーディングは大手レコード会社や海外のアーティストなど多数。ソロアルバムや、三四朗(サックス)とのアコースティックボサノバデュオ「SAPATOS」のアルバムも多く制作した。

 新宿の路上で演奏しているとその場でCMの仕事を誘われ、作曲、演奏したCMが賞を取ったこともある。作曲、編曲、演奏を担当した資生堂「ふふ マスカラ・ドラマティカルアイ」、松下電気産業「乾いちゃう洗濯機」と「生ごみ処理機」は2001年度の全日本CM放送連盟(ACC)審査会で銅賞(資生堂)とACC賞(松下)を受賞。他にも多くのCMに参加してきた。

 コロナ禍までは香港、韓国など海外でも演奏した。エジプトではナイル川を船でさかのぼりながら演奏し、神殿前のステージでカイロ管弦楽団のメンバーと演奏。仏ルーアンのノートルダム大聖堂でも演奏した。

 今は毎年、クリストファー・クロスのグループにいるサックス奏者のアンディ・スズキとツアーを行っている。来日していたスズキとセッションし、「日本でやってみたいっていう希望があったんで、1週間ぐらいのツアーを組んでみた。四六時中一緒にいていろんな話をして、あうんの呼吸で感性が合ったような気がしたんで、ずっと付き合っていけるかなと思った。それから毎年来るようになった」。

 世界最高のギタリストの1人であるラリー・カールトンとも共演した。スズキのグループのベーシストがカールトンの息子で、カールトンのグループにスズキが参加するなどつながりがあったため連絡が来て「3人で回ったことがある」。

 音楽の力を実感した出来事もあった。

 長野県上田市のローカル線である別所線が今世紀初頭、廃線の危機に陥った時に住民運動が立ち上がり、長野でよくライブを行っていた木村と三四郎は、上田駅でライブを行うよう要請された。駅、さらには電車内でもライブを「1年くらい行く度にやっていたら、だんだんお客さんが来るようになった」という。

 その様子が、第二の人生をテーマに木村を取り上げたテレビ東京のドキュメンタリー番組で紹介され、俳優の故阿藤快さんの取材を受けた。全国で放送され、日本中から乗客が訪れるようになったという。もちろん地元の多大な努力あってのことだが「多少は力になれたかな」と手応えを感じられた出来事だった。

 人間誰しも好きなことをして暮らしたいという願望はあるが、木村は47歳での失職という逆境からそれをかなえた。

 「そういうこと(好きではないこと)が受け入れられない質なんで。耐えられないものはできないっていうのがすごく強くあって。あとは短絡的な考えなんだけど、やりたいことをやらないと、いつかは死ぬんだからということがすごく強い」

 75歳の今も休みはほとんどないが「ギターを弾くことが好きだし、弾いていること自体が癒やしになるから、それで十分休養を取っている」と苦にしない。

 24年間のサラリーマン生活も強みになった。

 「僕よりうまい人はいくらでもいますよ。一つだけ勝てることが社会性。みんな自分でプロモーションや計数管理ができないから事務所があったりマネジャーがついていたりサポートがいたりするけれども、僕はそういう仕事をしていたから一人でできる。だったらダイレクトにお店とかそういう(演奏する)所とつながっちゃえば早いし安い。折衝事は得意だったから、これだったら生きられるかなと思った」

 夢や目標を聞くと「今はなるべく先のこと、過去のことは考えずに、今を真摯(しんし)に生きるというのが力になっている」と言う。生徒にも「将来のことを考えるエネルギーがあるんだったら今を考えろ」と教えている。「将来って今の積み重ねじゃないですか。今を真摯に生きて今と向き合って今と勝負すれば将来は良くなる。今をいいかげんにしちゃうと絶対いい将来は来ない」。

 木村純は今を真摯に生き続けることによって、充実のセカンドキャリアを手に入れた。多くの人にとっても、指針となるのではないだろうか。(終わり)

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