【ヤマヒロのぴかッと金曜日】あの日から31年…改めて考える“大切な人を突然失う”とは

 昨年の1月23日、大切な友人が、突然この世を去った。

 春川修子さん。学生時代に通っていたアナウンススクールで共に学んだ仲間であり、中国放送アナウンサー、そして毎日放送のニュース番組『MBSナウ』のキャスターとして活躍した。女優の古手川祐子さんにとてもよく似た美人であり、アナウンス技術もピカイチで、その華やかさをいつも周囲に振りまく女性だった。

 彼女が生涯の伴侶として選んだのが、読売テレビの記者、後に報道局解説委員長として『ミヤネ屋』など数々の番組でコメンテーターを務めたジャーナリストの春川正明氏である。

 私は10年ほど前から春川氏とも酒を酌み交わす仲になった。かつては、ライバル局のキャスターと報道幹部だった二人。現役の頃なら考えられなかったが、立場も変わり、社交性豊かな修子さんのおかげで紹介してもらったと記憶している。

 誰もが羨む美男美女のおしどり夫婦を、突然の不幸が襲った。あの日の朝、ラジオ番組の生放送直前、スマホがブルブル揺れている。電話の主は春川氏だった。

 「修子が、亡くなりました…」

 一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。あんなに元気だったのに、一カ月前にはアナウンサー仲間と再会して温泉でワイワイ騒いでいたのに…。その日の明け方、突然身体の不調を訴えた修子さんは、救急車で運ばれるも意識を回復することなく息を引き取ったのだそうだ。あまりにも突然の死だった。

 何の前触れもなく最愛の人を失うなど、想像したことも無かっただろう。日常生活でごく当たり前のようにそばにいたはずが、大声で名前を呼んでも返事はないのだ。先に逝く者の無念さと、残された側の喪失感を想像するだけで胸が締めつけられた。

 あれから、一年が経った。この一年間、春川氏は折に触れて近況を知らせてくれている。

 「庭に咲いたバラの花が驚くほど長く咲き続けてるんです。すぐそばに修子が居るんですね」

 「写真の整理をしてたら、懐かしのツーショットが見つかりました。携帯の待ち受けにします」

 この一年間、彼は毎日亡き妻と会話を交わし続けてきた。

 先週土曜日、阪神・淡路大震災から31年の朝、春川氏の姿は神戸の東遊園地の追悼会場にあった。かつて神戸支局の記者だったこともあり、彼は毎年この場所に足を運び続けてきたが、今年はいつもとは違った気持ちで訪れたはずだ。

 『東遊園地には震災以外にも、さまざまな形で突然、家族を亡くした人たちが訪れます。その交流の輪の中で「遺されたのは自分だけではないんだ」と思い、ちょっとだけでも荷を降ろせる場所となっているんです』という話を、30年もの間「1・17 希望の灯り」を主宰してきた俳優の堀内正美さんから聞いた。

 今年は修子さんが亡くなって初めての「1・17」だ。涙もろい彼のことだから、竹灯篭のろうそくの炎を見て思い切り泣いたに違いない。そう。あそこは思いっきり声を上げて泣いていいんだよ。

 そして、そのあとは、また一年力強く生きることを修子さんに約束したことだろう。とびきりの彼女の笑顔を胸に抱きながら。(元関西テレビアナウンサー)

 ◆山本浩之(やまもと・ひろゆき)1962年3月16日生まれ。大阪府出身。龍谷大学法学部卒業後、関西テレビにアナウンサーとして入社。スポーツ、情報、報道番組など幅広く活躍するが、2013年に退社。その後はフリーとなり、24年4月からMBSラジオで「ヤマヒロのぴかッとモーニング」(月~金曜日・8~10時)などを担当する。趣味は家庭菜園、ギターなど。

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