【ヤマヒロのぴかッと金曜日】ご意見番の一言にカチン!アナウンサーはお飾りではない
「そんなのは、アナウンサーにでも読ませとけばいいんですよォー」
少し前のことだが、関西の情報番組『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(ABC)の生放送中に飛び出した評論家・高橋洋一氏の発言を聞いて、だらしなくソファに横たわっていた身体がムクッと反応した。TV画面には女性アナウンサーの凍りついた表情が映し出されている。無論、他の共演者達からは「その発言はアカーン!」との声が。日頃、何の制約もないSNSで発信し慣れているため思わず口走ってしまったのか、高橋氏はアナウンサーに軽く謝罪していたが、あの言葉は彼の本音なのだろう。
与えられた文章をただ読むだけがアナウンサーの仕事と思っているようだ。
スタジオの空気を考えてあえて反論しなかった彼女に代わって、元局アナの私からクギを刺しておく。
ニュース、スポーツ、バラエティー。アナウンサーの仕事は多岐にわたる。事前におかしな言い回しが無いか原稿をチェックすることもあれば、時間内に収めるために自分の判断で本番中に原稿をカットすることもある。スタジオでは共演者の問題発言をチェックし、本人に代わって訂正することも(この日の高橋氏の蔑視発言も本当は訂正すべきだった)。生放送中に災害や大事件、大事故が発生すれば、即座に内容を変更して報道特番の進行にあたる。われわれは、あらゆることを想定して放送に臨んでいるのだ。
通常は、円滑に番組を進行するためにアナウンサーが起用されることが多い。人の意見に聞く耳を持たず長々と持論を述べたり、一方的な物言いに終始する出演者が、昨今いかに多いことか。脱線した議論を軌道修正するために、ツッコミを入れてわざと叱られてみたり、冗談を挟んで場を和ませたり。当意即妙に対応する力のあるものにしかこの仕事はできない(と、ここはカッコよく言っておこう)。
そのために一番必要な要素は何か。それは『聞く力』である。人が発した言葉に、どう反応するか。専門家にじっくり話を聞くにも、街頭で市井の人々にインタビューするにも聞く力が試される。アナウンサーは話のプロと思われがちだが、本当は聞き手のプロだと言っていい。人の話をしっかり聞いてさえいれば、次に投げかける言葉は自然に出てくるものだ。
これは何もアナウンサーに限った話ではない。職業の『職』という文字は“耳で聞いて知り覚える”という意味で構成されている。つまり『聞く』という行為はすべての仕事の基本であり、コミュニケーションの原点なのだが、この、一見簡単なことができる人は、実はそんなに多くない。
人の話を聞く前に自分のことを話したがる。異なる意見をねじ伏せて満足する。読者の皆さんの周りにもそんな人はいないだろうか。喫茶店でこのコラムを読みながら、隣のテーブル客の会話に耳を傾けてみるといい。言葉のキャッチボールがうまくやれてる人はさほど多くない。
緊張感が張り詰める生放送で、どんなことにも動じないアナウンサーがいるから出演者は自分のペースでしゃべれるということを高橋氏は理解すべきだ。馬鹿にしてもらっては困る。(元関西テレビアナウンサー)
◇山本浩之(やまもと・ひろゆき)1962年3月16日生まれ。大阪府出身。龍谷大学法学部卒業後、関西テレビにアナウンサーとして入社。スポーツ、情報、報道番組など幅広く活躍するが、2013年に退社。その後はフリーとなり、24年4月からMBSラジオで「ヤマヒロのぴかッとモーニング」(月~金曜日・8~10時)などを担当する。趣味は家庭菜園、ギターなど。
