TOKIO 解散しても彼らが31年間体を張って日本を元気にしてきた事実は消えない【記者の目】

 人気グループ・TOKIOが25日、解散した。株式会社TOKIOが発表した。同社で取締副社長・企画を担当する国分太一(50)がコンプライアンス違反を理由に、無期限の活動休止を発表していた。同社は解散の理由について「このたび、メンバーでお互いの意思を確認し合い、このような状態になった以上、グループとして活動して再び信頼をいただき、応援いただくことは難しいと判断した」と説明した。国分の活動休止発表から5日、デビューから31年を迎えた国民的アイドルが、予想外の終焉を迎えた。

  ◇  ◇

 TOKIOの電撃解散を受け、デビュー当時から取材を重ねたデイリースポーツ記者がエピソードをつづった。

 入社4年目に日本武道館でのデビューから見てきた。国があり、山があり、城があり、松があり、瀬が流れるという古き良き日本の風景を象徴する名を持つ若者5人。グループ名には「東京から世界へ」の思いが込められた。

 かつて本紙連載コラム取材で山口達也さんに聞かれたことがある。「僕らのデビュー曲、初登場何位だったか知ってる?」。当時ジャニーズはデビュー曲初登場1位が当たり前だった時代、「LOVE YOU ONLY」は1位が獲れなかったのだという。当時は「ショック」だったそうだが、バンドという形もあり、彼らが既存アイドルとは違う路線を選んでいくきっかけになった。

 人気者になっても庶民の感覚を持ち続け、まさに人懐っこさのかたまりだった。紅白歌合戦のリハーサル取材では、松岡昌宏がマスコミの待機所に現れ、全取材社の腕章を体中に付け「聞きたいことない?何でも答えちゃうよ」。城島茂は「大切なものは義理と人情やね」。国分太一は「尊敬する人はお父さん」。記者全員の名前を覚えていてくれ、会うと気軽に声をかけてくれた。「国民的アイドル」ならぬ「国民の親戚」のようなグループだったと思う。

 その後山口さんと長瀬智也さんの脱退で3人になり、ジャニーズがなくなっても、「TOKIO魂」は変わらないと思っていた。だから国分のコンプライアンス違反には驚いた。解散発表文の「皆様から再び信頼をいただき、応援頂くことは難しいと判断した」という文言に事の重大性を感じざるを得ない。

 だが、TOKIOが解散しても、彼らが31年間、体を張って日本を元気にしてきた事実は消えることはない。これからは一人一人がそれぞれの形で、元気を届けてくれることを祈っている。

関連ニュース

編集者のオススメ記事

芸能最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング(芸能)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス