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グラッチェ ケーシー高峰さん 昭和のお茶の間笑わせた唯一無二の下ネタ医事漫談永遠に

 おなじみの白衣に黒板スタイルのケーシー高峰さん(BS朝日「お笑い演芸館+」から)
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 グラッチェ(ありがとう)、セニョール・ケーシー!お色気を交えた医事漫談で長く人気を博した漫談家で俳優のケーシー高峰(けーしー・たかみね、本名門脇貞夫=かどわき・さだお)さんが8日午後3時30分頃、肺気腫のため福島県いわき市の病院で死去した。85歳。山形県出身。所属事務所によると、約1年前から肺気腫を患っていた。葬儀・告別式は家族葬で行う。喪主は妻詠子(えいこ)さん。

 もう、あの「グラッチェ」、「セニョール」、「セニョリータ」は聞けない。山形なまりにイタリア語やスペイン語を交え、医学知識にあけすけな下ネタを盛り込んだ医事漫談で愛されたケーシーさんが、愛した東北の地で眠りについた。

 所属事務所によると、約1年前から肺気腫を患っていた。昨年9月頃までは鼻に酸素吸入の管を通し、イスに座りながらも仕事をしていたが、療養のため仕事を全てキャンセルして休業に入った。

 静養に努めていたが病状は一向に好転せず。2月初旬には電話でしっかりした声を聞かせていたが、1カ月ほど前に容体が悪化して入院し、帰らぬ人となった。最後の仕事は昨年9月に収録し、11月15日に放送されたBS朝日「お笑い演芸館+」だった。

 母方は代々続く医師の家系で、母シヅエさんも医師。自身も医学部に入学したが、芸能界に憧れて芸術学部に転部した。漫才師から司会業をへて漫談家に転じると、故永六輔さんの後押しもあり、60年代から医事漫談でブレーク。白衣姿に黒板やホワイトボードを駆使するスタイルで一世を風びした。

 親交があった落語家の立川志らくはこの日、ツイッターで、師匠の故立川談志さんが、ケーシーさんがあまりにウケるため「ケーシー高峰の後だけは高座に上がれねえ」とぼやいていたことを回想。古今亭菊之丞もツイッターで「(古今亭)志ん朝師匠でさえ、ケーシー先生の後の出番を嫌がった」と、ケーシーさんの勢いを証言している。

 70年に「喜劇 冠婚葬祭入門」で映画に初出演し、その後は俳優としても引っ張りだこに。映画ではカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作「楢山節考」、「男はつらいよ」シリーズ、「遠雷」、ドラマでは「夢千代日記」、「新 事件」、「木更津キャッツアイ」などの名作で印象的な演技を見せていた。

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