サッチーこと野村沙知代さん急死 夫ノムさん憔悴「オレの方が先に逝くと…」

 自宅前で沙知代夫人が病院に運ばれたときの様子を話す克也氏、左は長男の団野村氏=都内
 野村克也氏(右)と仲むつまじくツーショットに納まる野村沙知代さん=2005年8月
取材に応じる野村克也氏(撮影・中田匡峻)
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 プロ野球ヤクルト、阪神、楽天などで監督を務めた野村克也氏(82)の妻で、バラエティー番組でも活躍した野村沙知代(のむら・さちよ)さんが8日午後4時9分、都内の病院で死去した。85歳。実子の野村克則コーチ(44)が所属するヤクルト球団などが明らかにした。葬儀・告別式は未定。歯に衣(きぬ)着せぬトークでテレビで人気を博し「サッチー」の愛称で親しまれた。2002年に脱税問題で有罪判決を受け、この問題で野村克也氏は01年、阪神の監督を引責辞任した。

 自宅前で報道陣に対応した克也氏の説明によると、沙知代さんは8日午後に意識を失った状態で緊急搬送され、病院で死亡が確認された。克也氏は憔悴(しょうすい)した表情で「『突然死』ってやつかなあ。まさかあの世に行くとは夢にも思わなかった」と口を開いた。

 「朝は普通だったけど、昼ご飯は一口しか食べられなかったから、おかしいと。オレの方が先に逝くと思ったのに…」

 克則コーチも球団を通じて「突然のことで受け入れられず、ここまで育ててくれた母に感謝しかありません。最後はしっかり見送りたいと思います。偉大な母でした」とコメント。死因は発表されていない。

 沙知代さんと克也氏は1978年に結婚。2人の間の第1子・克則もプロ野球選手に育てた。交際を始めた南海ホークスの監督だった克也氏と一緒に球場に現れ、監督室への出入りやコーチ会議での口出しもあったとされ、公私混同ぶりを指摘されて77年9月、シーズンを2試合残して川勝オーナーの決断で解任された。

 克也氏はその後、野球解説者としてデータを重視した独特の言い回しでお茶の間の人気を博したが、それを支えたのが知恵にたけ、頭脳明晰(めいせき)な沙知代さんだったという。南海時代から結婚前の2人を知る江夏豊氏も「彼女がいたから後の野村克也がある」と振り返った。

 克也氏はヤクルト監督を経て99年に阪神監督に就任したが、3シーズン目が終わった2001年12月に沙知代さんが法人税法違反(脱税)などの容疑で東京地検特捜部に逮捕されたため、続投が決まっていたものの辞任。02年に有罪判決を受けた。

 監督契約を一任されていた当時球団社長の野崎勝義氏は「久万オーナーは(野村監督に)心底ほれ込んでいましたから、それはそれは無念でした」。阪神および球界に大きな禍根を残した。

 沙知代さんが克也氏と結婚前に米国人との間にもうけた2人の息子はその後、克也氏の継子となり、通称で団野村氏、ケニー野村氏としてプロ野球やスポーツ関連の仕事に従事。沙知代さんは96年の衆院選に旧新進党から立候補したが落選した。

 タレントとなってからも「サッチー」と呼ばれ、毒舌風の語り口で強烈な個性を振りまいた。女優・浅香光代やデヴィ夫人を相手どり、名誉毀損(きそん)で訴えを起こすなど、泥沼の訴訟合戦でも話題となった。近年は、公の場に出ることがほとんどなかった。

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