将棋の元名人・米長邦雄さん死去

 独特の終盤戦術で一時代を築いた将棋の永世棋聖、米長邦雄(よねなが・くにお)日本将棋連盟会長が18日午前7時18分、前立腺がんのため東京都新宿区の東京女子医科大病院で死去した。69歳だった。

 米長さんは09年にがんを公表、闘病を続けていた。通夜は23日午後6時半、葬儀・告別式は24日午前10時半から、いずれも東京都目黒区碑文谷1の22の22、円融寺示真殿で。葬儀委員長は谷川浩司日本将棋連盟専務理事。喪主は妻明子(あきこ)さん。

 己のすべてを将棋に注いだ米長さんの人生が、69年で幕を閉じた。

 米長さんは1963年、19歳でプロ(四段)の世界に飛び込んだ。73年、棋聖戦で初タイトルを獲得。劣勢から逆転を狙う棋風は「泥沼流」と呼ばれファンを沸かせた。

 最高の舞台である名人戦7番勝負では76年の初挑戦以来、6度も敗退。7度目の挑戦となった93年の第51期名人戦で、宿敵の中原誠名人を4連勝で破り、悲願を達成した。49歳11カ月での名人位初獲得は最年長記録で、「熟年の星」と注目を浴びた。

 通算タイトル獲得数は歴代5位の19期で永世棋聖。通算成績は1103勝800敗1持将棋(引き分け)で、2003年に現役を引退した。05年から日本将棋連盟の会長を務め、将棋の普及と発展に貢献。今年1月、最強の将棋ソフト「ボンクラーズ」と対局し、接戦となったが、中盤のミスで惜しくも敗れた。

 09年には、前立腺がんで治療を受けていることを公表。自身のホームページでは闘病生活にも言及し、先月25日には「最後の時」というタイトルでブログを更新。「最近、自分はいつ、どのような形で人生を投了することになるのか考えるようになりました。死後の記者会見が出来ないものかどうか」と死と向き合う覚悟をみせていた。

 今月2日にも「『人生すべて感謝である』これが今の心境です。私はガンを患っていますが、これもことの成りゆきで、人生はなるようにしかならないのだと達観しております」と“公開遺書”をしたためていた。

 病に打ち勝つことはできなかったが、名棋士は強烈な足跡を残した。

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