「トンコ節」久保幸江死去していた
「トンコ節」「ヤットン節」「野球拳」などのヒット曲で、戦後の復興期に歌で日本を励ましてきた歌手・久保幸江さんが、亡くなっていたことが27日、わかった。05年に体調不良で第一線から退いたが、付き人だった姉が他界した後は、身寄りもなく老人施設で余生を送っていた。2010年9月8日にひっそりと人生の幕を閉じたという。死因は急性心不全、86歳だった。来月が三回忌となる。
戦後の復興期、日本に勇気と明るさを届けてきた歌姫が、ひっそりと天国へと旅立っていた。
関係者によると、久保さんは、高齢からくる体調不良で05年に引退。付き人だった姉に先立たれた後は、身寄りもなく都内の老人施設で生活。仲間を前に、カラオケで歌を披露することもあったという。だが、一昨年9月7日未明に突然意識を失い、病院に搬送されたが翌8日に息を引き取ったという。身寄りもなかったため死去は明らかにならず、今年の夏に、懐メロ番組で過去映像を見た関係者が連絡をとろうとして死去が判明した。
久保さんは1924年に当時日本統治下だった台湾で生まれ、引き揚げ後の48年に「千鳥なぜ啼く」でデビューした。「トンコ節」「ヤットン節」「野球拳」などの手拍子ソングがヒットし、52年の第2回NHK紅白歌合戦や映画に出演するなど人気を誇った。
60年に外務省勤務の男性と結婚。一度引退するも、69年に復帰。その後甲状腺の手術中のミスで声帯の神経を切断されたが懸命のリハビリで復帰し80歳まで現役で活動した。最後の大きな仕事は02年「日本歌手協会 創立40周年記念祭」への出演だった。
