柔道元日本代表の増山香補、国籍変更でモンゴル代表転身を表明「五輪王者になるため」両親は日本人「ルーツはないがモンゴル連盟から挑戦機会いただいた」
柔道男子で元日本代表の増山香補(ましやま・こうすけ、27)が28日、自身のインスタグラムを更新し「この度、モンゴル国籍を取得し、モンゴル代表として世界の舞台に挑戦することを決断いたしました」と、国籍を変更して世界選手権や五輪などを目指す意向を表明した。IJFのルールなどにより、モンゴル代表としての大会出場は来年4月以降になるという。
東京都出身で7歳から柔道を始めた増山は、得意の担ぎ技を武器に頭角を現し、男子90キロ級で村尾三四郎、田嶋剛希らと代表を争った。21、22年と世界選手権の団体戦代表として日本の優勝に貢献。さらに、22年グランドスラム東京大会で優勝するなど活躍し、23年の世界選手権代表に選ばれていたが、同年2月の国際大会で計量失格となり、全日本柔道連盟(全柔連)の規定により強化指定選手から外される処分を受け、代表も剥奪された。一時は100キロ級に転向するなどチャンスを模索したものの、24年パリ五輪出場は逃した。90キロ級に戻り、今年6月には5年間所属したパーク24を退社していた。
増山は「前例のない挑戦で、世界一になる」と決意をつづり、「この度、モンゴル国籍を取得し、モンゴル代表として世界の舞台に挑戦することを決断いたしました。これは競技生活だけを考えた選択ではありません。残りの柔道人生、そしてその先の人生も含め、自らの責任で選び取った覚悟の決断です。私自身モンゴルにルーツがあるわけではないですが、学生時代から続くご縁をきっかけに、モンゴル柔道連盟より新たな挑戦の機会をいただきました。現地で多くの関係者の皆様と直接お会いし、競技者として真剣に向き合っていただく中で、『この環境で世界一になる』と覚悟を決めました」と経緯を明かした。
さらに、「私は日本人の両親のもとに日本で生まれ、日本柔道に育てていただきました。これまで出会った指導者の方々、仲間、応援してくださった皆様がいなければ今の私はありません。だからこそ、この決断は日本で培ったすべてを背負い、世界へ挑戦するための決断です。何度も悩みました。それでも競技人生に限りがある今、自分の心に正直に生きたいと思いました。『私に与えられた方法でもう一度、世界の頂点を目指したい』。世界王者になる。五輪王者になる。そのために、この道を選びました。前例がないからこそ挑戦する価値がある。この挑戦を通じて、世界の頂点に立ちます。そして日本とモンゴル、世界を繋ぐ架け橋になります」と、不退転の決意を表明した。
◆増山香補(ましやま・こうすけ)1999年3月9日、東京都千代田区出身。7歳で柔道を始めた。修徳高から明大に進み、18年にシニアの国際大会で初優勝、世界ジュニア選手権で3位。21年、22年と世界選手権団体代表に選ばれ、優勝に貢献した。左組みで、得意技は背負い投げ。180センチ。
