“しょまりん”30年冬季五輪へ「全員と戦っていく立場」アイスダンスで電撃復帰 本田真凜「今じゃないと挑戦できない」
フィギュアスケートで現役復帰し、アイスダンス挑戦を表明した本田真凜(24)、宇野昌磨組(28)=トヨタ自動車=が共同通信の取材に応じ、五輪を目指す思いなどを語った。22日に電撃復帰を会見で表明し、愛称“しょまりん”として、フランス・アルプス地方で開催される2030年冬季五輪出場を目指すことを明言した。以下、一問一答。
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-目標は五輪出場。
宇野「僕たちは2030年の五輪を見据え、競技の舞台に立つ」
-五輪は特別な大会。
宇野「4年に1回しかないのに失敗が許されない。想像もできないほど努力をして、その舞台に立つだけでも難しいのに、いい成績を残せるか、自分が納得できるか(が大事)」
-シングル時代は特別視していなかった。
宇野「深く考えることなく、やっていった先に運良くいい成績を残せた。今回は2人の夢として明確に掲げてやっていく」
-復帰の決め手は。
本田「スケート以外のところでも何かを成し遂げなきゃいけないと次のステップに向かって必死にやっていたので、自分が覚悟を持ったか気持ちの整理に時間がかかった。体が動くうちに今じゃないと挑戦できないという気持ちが大きかった」
-アイスダンスに転向して活躍した高橋大輔さんの影響も。
宇野「その道を切り開いたのは素晴らしいことでみんなの希望になった。僕自身は真凜のスケートの素晴らしさを伝えられたら、うれしいというのがきっかけ。やってみたら奥深さと難しさをすごく体感して、今回の(ミラノ・コルティナ)五輪もみんなすごいなと感動して見ていた」
-五輪で団体銀メダルの吉田唄菜、森田真沙也組らライバルは多い。
宇野「戦う舞台に立つので、全員と戦っていく立場。自分たちの魅力や実力を日々積み重ねて磨いて、良さを100%出し切れたら、おのずと結果がついてくる」
◆宇野 昌磨(うの・しょうま)1997年12月17日、名古屋市出身。5歳の時、リンクで浅田真央さんに声をかけられてスケートを始めた。中京大中京高に進学し、五輪は18年平昌大会で銀、22年北京大会は銅、団体は銀メダルを獲得した。世界選手権は22、23年に2連覇した。全日本選手権は男子歴代2位の6度優勝。24年5月に引退を発表した。プロ転向後はアイスショー「IceBrave」を立ち上げた。
◆本田 真凜(ほんだ・まりん)2001年8月21日、京都市出身。5人きょうだいの3番目として生まれ、2歳でスケートを始めた。15~16年シーズンにジュニアGPファイナルで3位、世界ジュニア選手権を初制覇。16年全日本選手権で自己最高の4位に入った。明大に進学。24年1月に現役引退を発表し、プロスケーターとして活躍していた。
