東日本大震災から15年 羽生結弦さん 決意新たに「3・11を経験した身として発進し続ける使命がある」

 インタビューに応じる羽生結弦さん
 インタビューに応じた羽生結弦さん
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 2万2千人以上の犠牲者が出た2011年の東日本大震災は11日、発生から15年となった。フィギュアスケート男子で冬季五輪2連覇を果たした仙台市出身の羽生結弦さん(31)が共同通信のインタビューに応じ、圧倒的な人気を誇るスケーターとして「震災に興味を持ち、考えてもらうきっかけになることが一番の使命」と強調した。岩手、宮城、福島3県の被災地では遺族らが亡き人に手を合わせ、戦後最大の自然災害の教訓を継承するとの思いを新たにした。

 -仙台のリンクで練習中に被災してから15年。

 「3回の五輪(連覇した2014年ソチと18年平昌、4位の22年北京)があった。競技者として滑りを追究する一方、被災者への寄り添い方も考えてきた。いろいろなことがあり、15年間の一日一日が尊いものだった」

 -人生の半分を被災者として生きてきた。心境に変化は。

 「震災をきっかけにいろんなことを学び、感じながら生きてきたが、あくまでもそれは後付け。あれがなければ良かったなと、いまだにずっと思っている。ただ、悲しむだけの時間は少なくなったと感じている」

 -心の傷は今も残る。

 「たとえ震度1や2のちょっとした揺れでも、条件反射のように体が硬直してしまうことがある。ここから大きくなってしまうんじゃないか、という恐怖を感じる」

 -アイスショーを通じて防災の大切さを伝え、24年の能登半島地震で被害を受けた石川県輪島市など被災地への訪問も続けてきた。

 「津波や誰かを失うつらさなど、僕自身が分からない、震災に対する思いに全て寄り添うことができないことを受け止めた上で、それでも柔らかく、優しく寄り添っていたいと常に思っている」

 -地道な活動が減災につながると考えている。

 「1995年1月17日の阪神・淡路大震災を風化させなかったから、建物の耐震基準など防災への意識が変わり、僕らのように東日本大震災で守られた命がある。伝え続けてきてくれた方々に『ありがとう』という気持ちがあるからこそ『3・11』を経験した身として、僕も発信し続ける使命がある。またいつ起こるかもしれない災害に対して備え、守られるべき命や街がちゃんと守られるように伝えていくことが必要」

 -次の5年、10年、どんな役割を担っていきたいか。

 「学ぶきっかけであり続けなければいけない。僕自身を通じていろんな方が震災や復興に興味を持ったり、考えるきっかけになったりすることが一番大事。スケーターとして、そんな存在で居続けられるように、5年後、10年後もできる限りの力を注ぎ続けたい」

 ◆羽生結弦(はにゅう・ゆづる)1994年12月7日、仙台市出身。東北高1年だった11年3月に仙台市のリンクで練習中に被災。自宅は全壊判定を受け、避難所生活を経験した。初出場の14年ソチ五輪でアジア勢初の男子制覇を果たし、18年平昌五輪で66年ぶりの2連覇を達成。22年にプロ転向を表明し、23年から4年連続で3月に地元宮城県でアイスショーに出演している。早大卒。

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