大相撲外国人力士はなぜ日本語習得が早いのか、春日野部屋親方が元大関を振り返る

相撲博物館でトークショーを行った三保ケ関親方(左)と竹縄親方(撮影・開出牧)
相撲博物館でトークショーを行う三保ケ関親方(左)と竹縄親方(撮影・開出牧)
相撲博物館でトークショーを行う三保ケ関親方(左)と竹縄親方(撮影・開出牧)
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 「大相撲初場所・11日目」(21日、両国国技館)

 春日野部屋の竹縄親方(元関脇栃乃洋)と三保ケ関親方(元幕内栃栄)が館内でトークショーを行った。元大関栃ノ心、元関脇碧山(現岩友親方)の日本語習得能力の高さについて語った。

 外国出身新弟子の日本語習得について、質問された両親方。2023年5月に引退した元大関栃ノ心、現実業家のレヴァニ・ゴルガゼ氏に触れた。

 栃ノ心は入門時はジョージア語とロシア語少々を話せるのみで、日本語はもちろん、英語も通じない状況だった。三保ケ関親方は「おかみさんが大使館に行って通訳を呼んだこともありました。おかみさんが苦労されていたのに、若い衆は変な日本語を教えていましたね」と回想。ほどなく栃ノ心は、師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)を「ボス」と呼び始めたという。

 「ボス」は当時師匠が飼っていたゴールデン・レトリバーの名前だった。三保ケ関親方は「師匠にボスと言うので、ボスは犬の名前だよ、と本人に言っていましたね」と述懐。竹縄親方は「1カ月もたてば会話ができるようになり、1年で冗談も言い合えるようになっていた」と感心した。三保ケ関親方は「1日も早く出世したいと覚悟を決めて日本に来ている。相撲を教わりたい気持ちが、早く日本語をマスターする要因なのでは」と推察した。

 碧山は師匠の田子ノ浦親方(当時=元幕内久島海)の急逝により、2012年春に春日野部屋に転籍した。

 三保ケ関親方は「彼は来た時から『です』『ます』と敬語を使えていた。元久島海の田子ノ浦親方の指導だと思います」と振り返った。碧山は引退後は岩友親方として協会に残っているが、ひらがな、カタカナを使いこなし、漢字も学んでおり「彼は勉強家です」と話していた。

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