丸山城志郎が引退会見「勝負師として終わりだなと」 阿部一二三とのライバル関係に感謝 野村忠宏氏が花束

 柔道男子66キロ級で世界選手権を2度制した丸山城志郎(31)=ミキハウス=が25日、大阪府八尾市のミキハウス本社で引退会見を行った。大学時代から拠点を置く天理大で10年以上指導を受けた同大学柔道部の穴井隆将監督も会見に同席した。

 得意技の内股を武器に19、21年と世界選手権2連覇。世界ランク1位にも上り詰め、柔道男子66キロ級で五輪2連覇を達成した阿部一二三と代表争いなどで直接対決を繰り広げるなど、ライバル関係を築いた。しかし、念願の五輪代表は一二三を破ることができず五輪出場の夢をかなえることはできなかった。昨年2月のGSパリ大会が現役最終戦となった。

 一線から身を引くことを決意したのは「本当にここ最近」だが、以前から引退は頭の中にあった。引退の決め手となったのは昨年のGSパリ大会で日本人選手の武岡毅に敗戦を喫したこと。「試合の時に(引退の)思いがよぎりながら試合をしていたのは事実。試合に向けて体も最高の状態に仕上げて臨んだつもりだったが、どうしても気持ちが燃えるものがなくて」とし、「これから4年間この気持ちでやっていけるのかというのがありまして、勝負師としてもう終わりだなと感じ始めました。戦って『絶対にこいつには負けたくない』という強い思いがなくなったこと。その気持ちがなくなった時点で人と戦う競技は難しい」と理由を語った。

 3歳から始めた柔道人生で一番の思い出は「目標とするオリンピックまで、あと一歩というところだった代表決定戦。あの試合がやはり僕の中では一番印象強い」。今も柔道界で語り草となっている、阿部一二三と24分間の死闘を繰り広げた2020年12月の東京五輪代表決定戦。長きに続いた一二三とのライバル関係には「正直に話しますけど、本当に強い選手でした。けど僕を強くしてくれた選手でもある。彼のおかげで僕の柔道人生をこんなに華やかにしてくれた。彼のおかげでいろんな負けを知ったと言いますか、いろんな意味で成長できたと思う。阿部選手がいなかったらここまで努力することもなかったし、あの決定戦を経験することはなかった。本当に彼にはありがとうと正直に言いたい」と語った。

 会見の最後には所属のミキハウスの大先輩で、柔道男子60キロ級五輪3連覇のレジェンド・野村忠宏氏が登場。手にした花束で丸山の引退をねぎらうと、「現役引退というキャリアの終わりではありますけど、これがまた新しいスタートにつながる。丸山が動けば絶対に道はつながるし、可能性も広がっていくと思うので、この素晴らしい柔道経験を日本だけじゃなくて、世界中で広めて、柔道がもっともっと愛される一助になっていただきたい」と言葉を贈った。

 ◆丸山城志郎(まるやま・じょうしろう)1993年8月11日、宮崎市出身。92年バルセロナ五輪代表だった父・顕志さんの影響で3歳から柔道を始めた。沖学園高から天理大に進み、卒業後はミキハウスに所属。18年アジア大会銀メダル。世界選手権は19、21年大会で2連覇し、22、23年大会は準優勝。左組みで得意技は内股、袖釣り込み腰。趣味はドライブ、釣り。家族は2018年に結婚した妻クルミさんと長男、次男。167センチ。

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