【羽生担当記者が見た素顔】「重荷」解かれた表情に重なる9年前の笑顔

 フィギュアスケート男子で、2014年ソチ、18年平昌両五輪王者の羽生結弦(27)=ANA=が19日、都内で会見し、「これから競技会に出るつもりはないです」「理想とするフィギュアスケートは、競技会じゃなくてもできる」と競技の第一線から退く意向を表明した。

  ◇  ◇

 2013年。翌年に控えたソチ五輪の代表候補選手が集まった講習会で、羽生とたわいもない話をしたことがある。「今はずっとPSPやってますね。自分でいろいろカスタムしたりして」。まだ、英雄への階段を上り始めた頃。目を輝かせて、笑顔で無邪気に話す青年の表情が忘れられない。当時はまっていたゲームソフトの名前は「ペルソナ」だったか。

 不世出、だと思う。これだけ人々の期待も、希望も、人生も、背負ったアスリートはいないだろう。被災者という背景、幾多とあった事故やけがを乗り越えて戦う氷上でのドラマ性。羽生結弦であることを望まれ、自身も羽生結弦であろうとした。気がつけば影響力も発言力も日本を飛び越えていた。いつの間にか好きな野球の話も簡単に口にできなくなっていた。いわれのない誹謗(ひぼう)中傷や悪意にさらされることもあった。羽生結弦であることが「重荷」だったのは間違いない。

 それでも真摯(しんし)に競技に向き合ってきた。努力に裏打ちされた滑り、演技はもちろん、すべての所作に華と気高さがあった。だから、人々は熱狂した。ただ、スケートがうまく、ジャンプがすごい選手だけならば、きっとこんなに焦がれない。

 2月18日、北京首都体育館のサブリンク。北京五輪フリーから8日後、すべての思いを刻み込むように、銀盤を舞う羽生の姿があった。最後に「SEIMEI」で全力のステップを踏んだ。この日、メイン会場ではエキシビションの練習が組まれていた。「もし僕が自由に演技する練習を選んでいただけるのであれば、皆さんへの感謝の思いを込めて滑りたいなと思った」と明かしてくれた。

 もう心は決まっていたのかもしれない。「ここまで本当に羽生結弦という媒体をすごく大切にしてくださって成長させてくださって、ありがとうございました。本当に皆さんには取材とか関係なく、くだらない練習かもしれないですけど、仕事忘れて、飲みながらでもいいので、みてもらえる時間がいつかきたらいいな」。少しだけ重圧から解かれた表情が、9年前と重なった。(2007年~フィギュアスケート担当・大上謙吾)

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